第9話 ヴェラ、急いで風呂に入る~そして、夜~
【ヴェラ視点】
『アヴァロン帝国歴182年 5月1日 ライル邸 夕刻 晴れ』
アタイは、揺れる車の中で、早くお風呂に入りたくて仕方なかった。
「あ~、もう! あの変な傭兵! アタイのお尻さわりやがった!」
後部座席でクッションを抱きしめながら、アタイは地団駄を踏んだ。
このピカピカの黒塗りの自動車を運転しているのは、なんとヴァレリア様本人だった。なんでも、車の運転が趣味なのだという。あの優雅な立ち振る舞いからは想像もつかないくらい、ハンドルさばきは滑らかで力強かった。
「あら、何があったのかしら?」
バックミラー越しに、ヴァレリア様と視線が合った。
アタイは身を乗り出し、昼間に外人部隊の駐屯地で起きた出来事を、一から十まですべて話した。
特に、あの下品なヒゲ面の男に、無防備なお尻を下からねっとりと触られて、どれだけ気持ち悪かったかというところは、身振り手振りを交えて詳細にだ!
「あらあら。それじゃあ、帰ったらまずはお風呂ね」
「ありがたいです!」
アタイは力強く頷いた。一刻も早く、あの気色悪い感触を洗い流したかった。
◇◆◇
ライル邸に着くと、メイドたちがすでにお風呂の用意をしてくれていた。
なんでも、『ボイラー』なる大きな機械でお湯をドカドカと沸かしているらしい。薪をくべて沸かすのが当たり前だと思っていた田舎者のアタイにとっては、魔法のような最新式の設備だ。
アタイは案内してくれたメイドにお礼を言うと、服を脱ぎ捨てて浴室へと飛び込んだ。
ザバーッ!
まずは、熱めのお湯で思い切りかけ湯をする。
そして、備え付けの高級そうな石鹸をたっぷり泡立て、とにかくお尻からゴシゴシと洗う!
一度洗い流し、また石鹸をつけて、念入りにもう一度お尻を洗う!
「うう~っ。お尻はキレイになるだろうけど、あの気色悪い感覚はなくならないよぉ!」
お湯の温かさで体はサッパリしたのに、頭の隅にはあの時のザワザワとした嫌な感触がこびりついて離れなかった。
◇◆◇
お風呂から上がり、ふかふかのタオルで髪を拭きながら客間へ行くと、ちょうどライル様が畑から帰ってきていた。
すれ違いに、ライル様とヴァレリア様が連れ立ってお風呂へと向かっていく。
(一緒にお風呂か。本当に仲がいいんだなぁ……)
お風呂上がりで少しぽーっとした頭で、二人の背中を見送る。
メイドが淹れてくれた、牛乳たっぷりの温かい紅茶を飲んでいると、苛立っていた気持ちがようやく落ち着いてきた。
やがて、お風呂からライル様とヴァレリア様が上がってきた。二人とも、湯上がりのほかほかとした赤い顔をしていて、体からふわりと湯気が立ち上っているような感じだ。
その二人を見た瞬間、アタイの頭に、ふと突拍子もない考えが浮かんだ。
「あの、ライル様。ちょっと、アタイの尻さわってみる?」
「ブホォッ!?」
ライル様が、飲んでいた水を見事に噴き出した。
「えええっ!? い、いきなりどうしたの、ヴェラちゃん!? キミ、確かまだ二十歳だよね!? こんな四十六のオッサンを相手にしないほうがいいよ! もっと自分を大切にして!」
ライル様は真っ赤になって顔の前で手を振り、あわてふためいている。
その横で、ヴァレリア様は呆れたように小さくため息をついた。
「はあ……何人もお妃様と子供がいて、何をいまさら純情ぶっているんですか。たぶん、ヴェラちゃんは、自分の中に残っている『気持ち悪さの正体』を知りたいのでしょうね」
さすがはヴァレリア様だ。アタイのまとまらない思考を、ズバリと言い当ててくれた。
そう、アタイは確かめたかったのだ。男の人に触られること自体が気持ち悪いのか、それとも、あの傭兵だったから気持ち悪かったのかを。
「だっ、だめかな?」
アタイは無意識のうちに、ライル様を上目遣いで見つめていた。
アタイの自慢の射撃の腕で、唯一良い勝負をする男。ただのオッサンなんかじゃない。
戦場で武勲を積んだ、伝説の皇帝の一人……。
そう思うと、嫌悪感どころか、むしろ少し胸が高鳴ってきた。
「じゃ、じゃあ……いくよ。……ヴェラちゃん、目をつぶって」
ライル様が、観念したようにゴクリと喉を鳴らした。
「は、はい……」
アタイはギュッと目を閉じ、少しだけ背筋を伸ばした。
静かな部屋の中に、服の衣擦れの音だけが聞こえる。
そして――。
さわっ……。
薄手の服越しに、大きくて温かい手のひらが、そっとアタイの腰のカーブからお尻の膨らみへと触れた。
昼間の傭兵のような、下品で乱暴な鷲掴みではない。まるで壊れ物を扱うような、優しくて上品な羽毛タッチだった。
指先の確かな熱が、布地を透かしてじんわりと肌に伝わってくる。背筋の奥がゾクゾクと震え、甘い痺れが下腹部へと広がっていく。
「あっ……あんっ……!」
自分でも驚くような、甘ったるい声が口から漏れてしまった。
(嫌じゃない……)
気持ち悪いどころか、むしろ、もっと触ってほしいと思ってしまうくらいに気持ちいい。
はっきりとわかった。やはり、あのヒゲ面の傭兵がダメなだけだったのだ。キモいもんはキモい。それだけだ。
安堵と、新しい感情の芽生えで体が熱くなる。
「はいはい、そこまでね。ご飯にしますよ」
パンッ、とヴァレリア様が手を叩いて、夢のような時間は強制終了させられた。
目を開けると、ヴァレリア様は微笑んでいたけれど、その瞳は少しだけ悲しそうに見えた。まるで、この先の展開がすべてわかっているかのように……。
◇◆◇
その晩の夕食は、豪華なノヴァラ牛のステーキだった。
肉汁たっぷりで最高に美味しいはずなのに、アタイもライル様も、なんだかずっとそわそわしていた。
ふとした瞬間に目が合うと、お互いにハッと視線を逸らし、顔を赤くしてうつむいてしまう。心臓がうるさくて、美味しいのだろうけど、味なんてよくわからなかった。
そして、夜。
屋敷が静寂に包まれた頃、アタイは自分の部屋を抜け出した。
薄暗い廊下を歩く足取りは、不思議と迷いがなかった。
コンコン。
アタイは、少し震える手で、ライル様の部屋のドアをノックした。
――その晩は、ヴァレリア様ではなく、アタイの嬌声が、屋敷全体に響き渡っていた。
……たぶん。
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