第6話 ヴェラ、狙撃銃の指導官になる
【ヴェラ視点】
『アヴァロン帝国歴182年 4月5日 ライルの屋敷 昼前 薄曇り』
結局、ライル様たちが起きてきたのは昼前だった。
アタイもすっかり寝不足で、目をこすりながら食堂へ向かった。
(まあ、仕方ないよね……あんなに騒がしかったんだから)
昨夜の廊下に響き渡っていた声を思い出し、アタイは一人で顔を赤くした。
遅めの朝食兼昼食をとっていると、向かいの席でニア王女がふうっと息をついた。
「さて、美味しいものも食べたし、そろそろノヴァラへ帰るとするかのう」
王女の言葉に、アタイは少し胸がチクリとした。
確かに、ここはアタイたちの住む森とは全然違う。でも、あの最新の狙撃銃や、活気あふれる帝都の街並みをもっと見ていたいという気持ちが、アタイの中に芽生えていたのだ。
(アタイは、もっと居たいな……)
そんなことをぼんやりと考えていた時だった。
「ライル様、いらっしゃいますかな?」
低い、よく通る声とともに、恰幅の良い、立派な髭を蓄えた男性が客間へ通されてきた。
ライル様が「やあ、グレン」と親しげに呼んだところを見ると、どうやら古い友人のようだ。
「紹介しよう。彼はグレン・オルデンブルク公。僕の昔からの頼れる仲間さ」
「お初にお目にかかります、ニア王女殿下。そして、そちらの嬢ちゃんも」
グレンと名乗ったその人は、貴族らしい丁寧なお辞儀をした。
しかし、その瞳の奥には、どこか鋭い武人のような光が宿っているように見えた。
「実は今日、ライル様にお願いの儀がありましてな」
「お願い? 僕にできることならなんだってするよ」
「はっ。昨日、貴族院で可決された外人部隊の件でございます。あそこには世界中から腕自慢の元傭兵たちが集まってくるのですが、彼らをまとめる優秀な狙撃銃の指導役を探しておりまして……ライル様、どうか一肌脱いではいただけないでしょうか?」
グレン公が深々と頭を下げる。
昨日ラジオで聞いた、あの外人部隊の話だ。
ライル様は腕を組み、うーんと唸った後、ポンと手を叩いた。
「適任ならいるよ! 昨日、千メートルの的を撃ち抜いて、僕に勝ったヴェラさん!」
ビシッ!
ライル様の人差し指が、なぜかアタイの方を真っ直ぐに指し示していた。
「えっ、えええ~っ!」
アタイは思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。
「この嬢ちゃんが、ライル様に勝ったと!?」
グレン公も驚愕の表情でアタイをまじまじと見つめる。
「そうなんだよ。あの距離を百発百中で当てるなんて、僕でも無理だ。彼女なら、血の気の多い元傭兵たちも黙らせることができると思うよ」
「……ははぁ。ライル様がそこまでおっしゃるのなら、間違いありませんな」
グレン公は深く納得したように頷き、アタイに向き直った。
「ヴェラ殿。どうか、外人部隊の指導官を引き受けてはいただけないだろうか?」
「え、あ、いや……アタイはただの田舎の狩人で……」
「よいではないか、ヴェラ! そなたが帝都に残る口実ができたのう!」
ニア王女まで身を乗り出して、アタイの背中をバンバンと叩く。
こうして、アタイはあれよあれよという間に、元傭兵だらけの恐ろしい外人部隊へ指導へ行くことになってしまったのだ。
◇◆◇
「それじゃあ、僕はキャベツの様子を見てくるからね!」
厄介事をアタイに押し付けたライル様は、ご機嫌な様子で麦わら帽子をかぶり、畑へと出て行ってしまった。
残されたアタイは、窓枠に肘をついて外を眺める。
いつの間にか空は厚い雲に覆われ、ぽつりぽつりと冷たい小雨が降り始めていた。
(だいじょうぶかなぁ……)
血の気の多い元傭兵たち。アタイみたいな小娘が指導官だなんて言ったら、絶対に怒り出すに決まっている。
不安でため息をついていると、廊下からパタパタと足音が聞こえてきた。
「あらあら、雨が降ってきてしまいましたね」
部屋に入ってきたのは、ライル様の奥様であるヴァレリア様だった。
ワゴンには、湯気を立てる紅茶と、美味しそうな茶菓子が乗せられている。
アタイは、ハッと息を呑んだ。
昨夜の激しい声が嘘だったかのように、今日のヴァレリア様はやけに肌がつやつやとしていて、内側から発光しているような美しさだったのだ。
「ヴェラさん、そんなに暗い顔をしないで。温かいお茶とお菓子でもいかがかしら?」
ヴァレリア様が、優しく微笑みながらお茶を注いでくれる。
やがて、泥だらけになったライル様も畑から戻ってきて、皆でワイワイとお茶会が始まった。
不安は尽きないけれど、甘いお菓子の味と、この不思議で温かい人たちの笑顔を見ていると、少しだけ勇気が湧いてくるような気がしたのだった。
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