第4話 ヴェラとニア王女、はじめて映画を鑑賞する
【ヴェラ視点】
『アヴァロン帝国歴182年 4月3日 帝都ハーグ 晴れ』
巨大な門をくぐり抜け、ついにアタイたちはハーグ皇宮の敷地内へと足を踏み入れた。
どこを見てもピカピカに磨かれた石畳に、手入れの行き届いた庭園。あまりの立派さに、アタイは口を開けたままキョロキョロと辺りを見回していた。
すると、正面玄関の前に、黒光りする立派な自動車が停まっているのが見えた。
そこへ、身なりの良い二人の男性が乗り込もうとしているところだった。
「おお、あれはライル様とフェリクス様ではないか!」
ニア王女がパッと顔を輝かせ、小走りで駆け寄っていく。
アタイも慌ててその後を追った。
「ライル様、フェリクス様! お久しぶりじゃ!」
ニア女王の声に振り返ったのは、優しげな顔立ちをした青年と、威厳がありつつも穏やかな空気を纏った男性だった。
この人たちが、先帝のライル様と、現皇帝のフェリクス様……!
アタイは緊張で体がガチガチに固まってしまった。
「やあ、ニアちゃん。はるばるノヴァラからよく来てくれたね」
先帝であるライル様が、気さくな笑顔で手を振ってくれた。
皇帝と聞いて、もっと怖い人を想像していたアタイは、少し拍子抜けしてしまった。
「お二人は、これからどこかお出かけになるのかの?」
ニア王女が首を傾げて尋ねると、ライル様は子どものように目を輝かせた。
「これからね、映画を観にいくんだよ!」
「えいが?」
聞き慣れない言葉に、アタイとニア王女は顔を見合わせた。
「ああ、最近ハーグで流行っている娯楽でね。動く絵に、弁士という語り手が声をつけて物語を進めるんだ。面白いから、みんなで一緒に行こう」
現皇帝のフェリクス様が、穏やかな声で誘ってくれた。
皇帝陛下からのお誘いを断る理由などなく、アタイたちはそのまま立派な自動車に同乗させてもらうことになった。
◇◆◇
街の中心部にあるという映画館は、外観からして豪華な劇場のような建物だった。
アタイたちは案内されるまま、ふかふかの赤い絨毯が敷かれた階段を上り、二階の貴賓席へと通された。
見下ろすと、一階の客席にはすでにたくさんの人々が座り、ワイワイと楽しそうに開演を待っている。
ジリリリリリ!
突然、館内に大きなベルの音が鳴り響いたかと思うと、部屋の照明がフッと消えた。
真っ暗になった空間に、アタイは思わずビクッと肩を揺らす。
(なんだか、薄気味悪いところだな……)
不安な気持ちで身を固くしていると、隣に座っていたニア王女が、アタイの服の袖をギュッと強く掴んできた。
見えないけれど、王女も少し怖がっているのが伝わってくる。
その時、パッと強い光が放たれ、正面の大きな白い布に映像が映し出された。
同時に、スクリーンの横に立つ蝶ネクタイ姿の男――弁士が、よく通る声で語り始めた。
『さあさあ、皆さま! 本日の出し物は、大人気喜劇、ボサボサ頭のトビーの大騒動でございます!』
軽快な音楽とともに、画面の中に一人の男が現れた。
ボサボサの髪の毛に、ダボダボのズボン、そして手にはなぜか一本のステッキを持っている。
トビーというその男は、高級レストランに迷い込み、勝手にウェイターのふりをして働き始めてしまった。
『おっと、トビーさん! そんなにたくさんのお皿を重ねて、大丈夫でしょうか!?』
弁士の焦ったような声に合わせて、画面の中のトビーは、自分の背丈よりも高く積まれたお皿をプルプルと震えながら運んでいく。
危なっかしい足取りに、アタイは思わず息を呑んだ。
ツルッ!
トビーが床に落ちていたバナナの皮を踏みつけた瞬間、見事に宙を舞うお皿の塔。
ガチャン、ガチャン、ガシャーン!
音はないはずなのに、頭の中で派手な音が鳴り響く。
『ああーっと! 見事にやってしまいました! 怒り狂ったウェイター長が追いかけてきます!』
画面の中で、トビーはものすごい形相のウェイター長から逃げ回る。
テーブルの下をくぐり抜け、お客さんのスープを頭からかぶり、最後は巨大なウェディングケーキに顔面から突っ込んでしまった。
「あははははっ! なんだい、あいつ! バカだねえ!」
最初は緊張していたアタイだったが、トビーのあまりに滑稽な動きに、気がつけばお腹を抱えて笑っていた。
「ひゃはははっ! ヴェラ、あれを見ろ! 顔がクリームまみれじゃ!」
袖を掴んでいたニア王女も、いつの間にか身を乗り出し、涙を流して笑い転げている。
隣の席では、ライル様とフェリクス様も肩を揺らして笑っていた。
言葉も通じない、声も聞こえない動く絵。
それなのに、こんなにも人を笑顔にするなんて。
アタイは最後までスクリーンから目が離せず、夢中になって映画を鑑賞したのだった。
◇◆◇
「いやあ、とても楽しかったね!」
すっかり日が暮れた頃、アタイたちは皇宮の食堂へと戻ってきていた。
大きなテーブルを囲み、皆で遅めの夕食をとることになったのだ。
どうやら、ライル様も一緒に食事をしていくらしい。
ここでようやく、ニア王女が姿勢を正し、アタイのことを二人に紹介してくれた。
「ライル様、フェリクス様。改めて紹介させてくだされ。この者はヴェラ。大ノヴァラ森林で、妾が巨大なクマに襲われそうになったところを、見事な銃の腕前で仕留めて助けてくれた、命の恩人なのですじゃ」
ニア王女の誇らしげな言葉に、ライル様とフェリクス様は感心したようにアタイを見た。
「へえ、クマを一人で? それはすごいな。もしかして、ヴェラちゃんは銃とか好きかな?」
ライル様が、興味深そうに身を乗り出して尋ねてきた。
「えっ、あっ、はい」
アタイは、コクリと頷くのが精一杯だった。
先帝陛下に直接話しかけられるなんて思っていなかったし、何より、ハーグの洗練された言葉遣いや雰囲気に、まだ全然慣れていなかったのだ。
(アタイの相棒のこと、話していいのかな……)
そんなふうに戸惑っていると、とても良い匂いが食堂に漂ってきた。
メイドたちが運んできたのは、大きな陶器のどんぶりだった。
中には、澄んだ琥珀色のスープと、黄色い細長い麺、そして分厚いお肉が乗っている。
「おおっ、今日はラーメンか! 映画の後のラーメンは最高だよね」
ライル様が嬉しそうに手を合わせる。
「熱いうちにいただきましょう」
フェリクス様の言葉を合図に、皆で一斉にどんぶりに向かった。
「あっつ! でも、おいしい!」
「ふうふう、これは体が温まるのう!」
ズズッと麺をすするたびに、豊かな旨味が口いっぱいに広がる。
初めて食べるラーメンという料理に、アタイはすっかり夢中になっていた。
気がつけば、あれほどガチガチだった緊張も解け、アタイは皆と一緒に「熱い、熱い」と笑い合いながら、どんぶりを空っぽにしていたのだった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




