第2話 ヴェラ、褒美にハーグへと向かう
【ヴェラ視点】
『アヴァロン帝国歴182年 4月2日 森林都市ノヴァラ 晴れ』
森林都市ノヴァラの宮殿は、巨大な大樹のほらと、堅牢な石造りの建物が溶け合ったような、神秘的な造りをしていた。
木々の緑と石の灰色が見事に調和し、太陽の光がステンドグラスを通して色鮮やかに床を照らしている。
ここは、ただの狩人であるアタイが、滅多に入れる場所ではない。
(本当に、王女様だったんだな……)
豪華な絨毯を踏みしめながら、アタイは昨日助けた少女の言葉が嘘ではなかったことを実感していた。
玉座のような豪奢な椅子に座っているのは、綺麗に着飾ったニア王女だ。昨日、熊の返り血を浴びて泣きべそをかいていた姿とは大違いである。
「ヴェラよ、昨日は大儀であった。命の恩人であるそなたに、特別な褒美をとらそう」
「褒美、ですか?」
アタイは慣れない敬語を使いながら首を傾げた。金貨でもくれるのだろうか。
「うむ。そなたを、世界の首都と言われるアヴァロン帝国の帝都、ハーグへ連れて行ってやろう!」
ニア王女は、胸を張って得意げに宣言した。
しかし、アタイの心はまったく踊らなかった。
「……えっと、アタイは別に、都会には興味ないんですけど。この森で狩りができれば、それで十分ですし」
「な、なんじゃと!? あの見事なハーグへ行くというのに、興味がないと申すか!」
王女は目を丸くして驚いた後、ニヤリといたずらっぽく笑った。
「ふふふ。ならば、仕方ないのう。ハーグでしか食べられない、あの『アイスクリーム』という絶品の冷たいお菓子も、そなたは一生味わえないということじゃな」
「アイス……クリーム?」
聞き慣れない言葉に、アタイは眉をひそめた。
「そうじゃ。まずは王道のバニラ味。真っ白で冷たくて、口に入れた途端に甘いミルクの香りが広がって、ふわりと溶けてなくなるのじゃ。あれはまさに、天上の食べ物じゃな」
ゴクリ。
アタイの喉が、無意識に鳴った。
「それから、イチゴ味も捨てがたいのう。甘酸っぱい果実の粒が練り込まれていて、見た目も可愛らしい薄紅色。さっぱりしていて、いくらでも食べられてしまうぞ」
ゴクリ。
アタイの口の中に、じわっと唾液が広がる。
「さらに、チョコレート味じゃ! 濃厚で、少しほろ苦くて、大人の味わい。あの深いコクと甘さのハーモニーは、一度食べたら忘れられんほどの衝撃じゃぞ」
ゴクリ。
アタイは思わず、お腹の辺りをさすってしまった。
(冷たくて、甘くて、ふわりと溶ける……なんだそれ、食べてみたい!)
心が大きく揺らぐアタイを見て、ニア王女はさらに追い討ちをかけてきた。
「それに、そなたの持っているその銃。それはハーグで作られたものじゃろう?」
王女の視線が、アタイの背負っているライフルへと向けられる。
「あ、ああ。銃床に『ハーグ・アシュレイ工廠』って刻印がある。アタイの自慢の相棒だ」
「やはりな。ハーグには、そのアシュレイ工廠の本拠地があるのじゃ。アヴァロン帝国軍を支える最新鋭の武器、見たこともないような新しい銃器が、山のように開発されておる。銃好きのそなたなら、よだれが出るような場所じゃぞ」
今度は、食べ物に対する食欲とは違う、熱い興奮が胸の奥で湧き上がってきた。
最新鋭の銃器。アタイの知らない、もっとすごいライフルがあるというのか。
「さらに言えばじゃな」
ニア王女は、玉座から身を乗り出し、挑発するように目を細めた。
「アヴァロン帝国の先帝であるライル様や、現皇帝のフェリクス様は、大変な射撃の名手として知られておる。帝都に行けば、その腕前を耳にする機会もあろう。……さて、そなたの腕と皇帝陛下の腕、果たしてどちらが上かのう?」
ピクッ。
アタイの狩人としてのプライドが、その言葉に大きく反応した。
自分が一番だとは思っていないが、射撃の腕比べと聞いて黙っていられるほど、アタイは大人しくない。
「……行きます」
気がつけば、アタイははっきりと答えていた。目を輝かせ、拳を強く握りしめている。
「アタイも、そのハーグって街に連れて行ってください!」
「ふはははは! よかろう、そうこなくてはな!」
ニア王女は満足そうに高笑いをした。
◇◆◇
数日後。
ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。
規則正しい振動と、金属が擦れる音が響く。
アタイは、初めて乗る『列車』という巨大な鉄の乗り物に揺られていた。
窓の外を、見たこともないような速度で景色が流れていく。
(これが、列車……。本当に鉄の塊が走っているなんて、信じられないね)
ふかふかの座席に深くもたれかかりながら、アタイは自分のライフルを愛おしそうに撫でた。
向かいの席では、ニア王女がご機嫌な様子で車窓の景色を眺めている。
これから向かうのは、世界の中心、帝都ハーグ。
甘いお菓子と、最新の銃と、凄腕の射撃手たちが待つ街。
アタイの胸は、これからの未知なる旅への期待で、大きく高鳴っていた。
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