第19話 外人部隊の日々【ノヴァラの狙撃手・ヴェラ編・完】
【ヴェラ視点】
『アヴァロン帝国歴182年 7月1日 帝都ハーグ郊外外人部隊駐屯地 昼 快晴』
ジリジリと照りつける夏の太陽の下、帝都ハーグ郊外の駐屯地には、今日も男たちの野太い掛け声が響き渡っていた。
「そぉれ! もっと腰を落とさんか! 戦場では一瞬の気の緩みが命取りになるぞ!」
上半身裸になり、汗だくで格闘訓練に励む兵士たちの間を縫うように歩きながら、ジューコフ将軍がゲキを飛ばす。
ルースキア出身のこの歴戦の老将軍は、本当に底知れないスタミナを持っている。彼の厳しい、けれど愛のある指導のおかげで、ただの荒くれ者の集まりだった元傭兵たちは、みるみるうちに精強な『軍人』へと顔つきを変えていった。
「うおおおっ! 負けるかぁ!」
「グスタフ! 右が空いてるぞ!」
砂埃を上げながら、グスタフとモンドが本気で組み合っている。
ダリウス市での反乱鎮圧を経験して以来、部隊の結束力は驚くほど高まっていた。あの夜、アタイを家まで送ってくれたグスタフは、翌日からなんだかスッキリとした顔になり、ますます訓練に打ち込むようになった。たまにスースの街へ機嫌よく出かけていくのを見るから、きっといいことでもあったのだろう。
「よし、格闘訓練はそこまで! 次は射撃訓練に移るよ!」
アタイがパンパンと手を叩いて声をかけると、男たちが「押忍! 姉さん!」と元気よく返事をして、一斉に射撃場へと駆け出していった。
◇◆◇
パァン! ズドーン!
射撃場に、乾いた発砲音がリズミカルに響く。
アタイは兵士たちの後ろを歩きながら、一人ひとりの姿勢や呼吸をチェックしていく。
「モンド、引き金を引く時に肩に力が入ってる! もっと銃を信じてリラックスしな!」
「は、はいっ! 姉さん!」
「グスタフは……うん、いい感じだ。風の読み方も板についてきたね」
「へへっ、姉さんの教え方がいいんすよ!」
グスタフが照れくさそうに鼻の下をこする。
彼らの腕前は、アタイが初めてここに来た日に比べれば、見違えるほど上達していた。誰もが自分の銃を『相棒』として大切に扱い、真剣に的と向き合っている。
そのひたむきな背中を見ていると、教官としてアタイも誇らしい気持ちになった。
「やあ、みんな! 暑い中お疲れ様! よく冷えたスイカとラムネを持ってきたよ!」
そこへ、外人部隊の総司令であるルシオン卿が、満面の笑みで荷台いっぱいの差し入れを積んだ車に乗ってやってきた。
前線で戦うことはなくても、彼はこうして常に部隊の環境を整え、惜しみなく資金をつぎ込んでくれる。彼もまた、この外人部隊には欠かせない大切なパトロンであり、立派な『総司令』だ。
「うおおっ! ルシオンの旦那、最高っす!」
「冷えてて美味えぇ!」
兵士たちが大喜びでスイカに群がる。
アタイも冷たいラムネを受け取り、シュワッとした炭酸を喉に流し込んだ。夏の暑さと火照った体に、心地よい冷たさが染み渡っていく。
「ヴェラ教官。部隊の仕上がりは上々のようじゃな」
隣に並んだジューコフ将軍が、スイカをかじりながら目を細めた。
アタイは、真っ青な夏空の下で笑い合う仲間たちを見つめながら、力強く頷いた。
「ええ。最高の部隊です」
◇◆◇
夕暮れ時。
赤く染まった空の下、一日の厳しい訓練を終えた駐屯地には、心地よい疲労感と充実感が漂っていた。
「それじゃあ、また明日!」
部下たちに手を振り、アタイは駐屯地を後にする。
帰る場所は、あの優しくて温かい人が待つ、ライル様の屋敷だ。
(ノヴァラの森を出た時は、まさかこんな日々が待ってるなんて、思いもしなかったな……)
ただ静かに森で獣を狩っていたアタイが、大帝国の外人部隊で教官をしている。
ライル様という、尊敬できる心から愛する人と出会えた。
そして、命を預け合える、少し不器用だけど真っ直ぐな仲間たちができた。
時代は今、大きく動こうとしている。
これから先、正規軍とのいざこざや、他国との戦争……どんな過酷な運命が待ち受けているかは分からない。
けれど、アタイの背中には、いつでも心強い相棒がある。そして、隣には共に戦う外人部隊の仲間たちがいる。
(どんな敵が来ても、アタイの弾丸で撃ち抜いてみせる。アタイが、みんなの道を切り拓くんだ)
アタイは、夕日を反射して鈍く光る銃身をそっと撫でた。
これは、ただの田舎の女狩人が『ノヴァラの狙撃手』として世界にその名を轟かせるまでの、ほんの序章に過ぎない。
アタイの本当の戦いは――ここから始まるのだ。
【ノヴァラの狙撃手・ヴェラ編・完】
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