第18話 グスタフ、姉さんを家まで送る。だが、轟沈
【外人部隊の歩兵グスタフ視点】
『アヴァロン帝国歴182年 6月18日 帝都ハーグ歓楽街 夜 晴れ』
ダリウス市郊外での反乱鎮圧から、一日が経った。
帝都ハーグにおいて、俺たち外人部隊のための華々しい戦勝記念凱旋パレードなんてものは行われなかった。ああいうお飾りの行事は、見栄えのいい正規軍様のためのものだ。日陰者の俺たちには似合わねえし、誰も望んじゃいない。
だが、粋な計らいってやつはあった。
首から提げた外人部隊の認識票を見せれば、ハーグ市内の提携酒場でビールが無料になるという大盤振る舞いのサービスが開かれたのだ。
聞けば、フェリクス皇帝陛下と、俺たちの総司令であるルシオン伯爵の心遣いだという。金払いがいい上に酒まで奢ってくれるとは、最高の上司たちだぜ。
「姉さん! 俺たちの初勝利に乾杯っす!」
「かんぱーい!」
さっそく俺たちは、部隊の最大の功労者であるヴェラ姉さんを連れ出し、ネオンが輝く街の飲み屋へと繰り出した。
ジョッキがぶつかり合い、泡が弾ける。
戦いの緊張から解放された男たちは、バカみたいに飲んで騒いだ。
酒が進むにつれ、姉さんを慕う手下の一人、モンドの野郎が調子に乗り始めた。
「へへっ、姉さん、今日は一段と綺麗っすね~」
赤ら顔のモンドが、デレデレしながら姉さんの肩に腕を回す。姉さんは「あはは、そうかい?」と笑って、肩を抱かれるくらいは許していた。
だが、モンドの野郎がさらに図に乗り、姉さんの胸元へといやらしい手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
「だーめっ!」
グリンッ!
バキバキィッ!
「ぎゃあああああっ! 折れる! 姉さん、腕、折れるっすぅぅ!」
酔っていても、狩人の反射神経は健在だった。見事なまでのアームロックが極まり、モンドは無様に床でのたうち回った。
「「「ぎゃははははは!」」」
それを見た外人部隊の面々は、腹を抱えて大笑いした。俺も涙が出るほど笑った。
だが、どうやら姉さんは、あまり酒が強くはないらしかった。
数杯のビールを空けたあたりで、急にウトウトとし始め、やがてテーブルに突っ伏して完全に潰れてしまったのだ。
「おいおい、姉さん。風邪ひきやすぜ」
俺は仕方なく、ぐでんぐでんになった姉さんを背負い、外人部隊の迷彩塗装の車へと乗せた。
◇◆◇
夜の帝都を、車が走る。
助手席で「むにゃむにゃ……右ぃ……次はまっすぐぅ……」と寝言のように道案内をする姉さんの指示通りに、ハンドルを切っていく。
やがて、帝都の高級住宅街を抜け、とんでもなく巨大で立派な屋敷が見えてきた。
門の前には、微動だにしない本職の衛兵まで立っている。
(おいおい、冗談だろ……。姉さん、こんなとこに住んでるのか?)
やはり、どこかのいいところのお嬢さんなのだろうか?
だが、それならなぜ、あんな恐ろしい精度の狙撃ができるんだ? そもそも、なぜ外人部隊の教官なんかに?
俺の頭はすっかり混乱していた。
車を停め、フラフラの姉さんを抱えながら門へと近づく。
やがて、屋敷の入り口の重厚なドアが開き、中から一人の男が出てきた。
「げえっ!?」
俺は危うく、姉さんを落としそうになった。
広場に建っている銅像や、新聞の写真で何度も見た顔だ。あんなに優しそうな目をしていても、放つオーラがまるで違う。
あれは間違いなく、伝説の英雄――ライル先帝陛下だ!
「ライルさまぁ~……あたしー、よっぱらっちゃったー」
姉さんが、俺の腕から抜け出し、トロトロに甘えた声を出して先帝陛下に抱きついた。
普段の凛々しい『教官』の姿からは想像もつかない、ただの恋する女の顔だった。
「ははは。見れば分かるよ、ヴェラちゃん。無事に帰ってきてくれてよかった。……君、送ってくれてありがとうね」
「は、ははっ! とんでもございやせんっ!」
俺は直立不動で敬礼した。先帝陛下は俺に優しく微笑みかけてくれたが、姉さんはそんなことお構いなしだ。
「ねぇねぇ、ライルさまぁ……チューしてー」
「こらこら、人がみてるよ」
苦笑いして宥めようとする先帝陛下の首に腕を絡ませ、なんと姉さんのほうから、強引に唇を奪ったのだ。
チュッ、と生々しい音が響き、それは情熱的なディープキスへと変わっていった。
……ガラーン。
俺の頭の中で、何かが崩れ落ちる音がした。
(ああ……そうか。俺は、最初からただの道化だったんだな……)
俺みたいな薄汚い元傭兵が、あんな太陽みたいな人に手が届くわけがなかったのだ。
彼女の隣には、帝国で一番の男がいる。付け入る隙なんて、一ミリも存在しなかった。
◇◆◇
甘い雰囲気に包まれた姉さんが、屋敷の中に消えていくのを見届けた後。
俺は車には乗らず、夜の街をふらふらと歩き、酒とつまみをありったけ買い込んで、スース副都心の裏通りへと向かった。
向かった先は、娼館ではない。
いつしかプライベートで会う仲になっていた、ミミが暮らす小さなアパートの一室だった。
コンコン。
ノックをすると、パジャマ姿のミミがドアを開けてくれた。
「あら、グスタフ。こんな夜中に……って、今度はお酒とつまみをたくさん買ったのね。ゆっくり飲みましょ」
俺の顔を見て何かを察したのか、ミミは何も聞かずに優しく微笑み、部屋へ招き入れてくれた。
小さなちゃぶ台に買ってきた酒を並べ、栓を抜く。
グラスに注がれた酒をあおった瞬間――俺の目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うっ……ぐすっ……うああああああっ……!」
みっともなく声を上げて泣きじゃくる俺の背中を、ミミは黙って、優しく撫で続けてくれた。
本当の意味で失恋したのは、これが生まれて初めてだったかもしれない。
そうか。俺は、ヴェラ姉さんに本気で恋をしていたんだ。あの圧倒的な強さと、眩しい笑顔に。
「辛かったね。……大丈夫、あたしが一緒に飲んであげるから」
「ミミ……すまねえ……」
俺は、ただただ泣きながら、ミミと大いに酒を飲んだ。心の穴を、酒と彼女の優しさで埋めるように。
◇◆◇
そして、朝。
ベッドですぅすぅと規則正しい寝息を立てるミミに、毛布を掛け直す。
俺は彼女を起こさないように、静かに部屋を出た。
外に出ると、いつかと同じように、やけに眩しい朝日がスースの街を照らしていた。
(……仕事、行くか。車も取りにいかねえとな)
胸の奥にチクリとした痛みを抱えながら、俺は目を細めて空を見上げた。
空はどこまでも青く澄み渡っていたが、今日の俺にとっては、少しだけものさみしい夜明けであった。
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