第17話 千五百メートルの狙撃
【ヴェラ視点】
『アヴァロン帝国歴182年 6月17日 ダリウス市郊外 昼 晴れ』
ブルン、ブルルルルッ!
もうもうと土煙を上げて、迷彩塗装の自動車が次々と平原に到着する。
アタイたち外人部隊の一個連隊、千名が、ダリウス市郊外の戦場へと展開していた。ついこの間までエンストばかりして怒鳴られていたグスタフたちも、今では立派にハンドルを握り、重い装備と兵士たちを素早く前線へと運んできている。
「車から降りろ! ただちに塹壕を掘るんじゃ! 死にたくなければ、ウサギよりも早く穴を掘れ!」
ジューコフ将軍の張りのある怒号が飛び交う。
元傭兵の荒くれ者たちは、文句を言いながらも素早くスコップを手に取り、一斉に土を掘り返し始めた。あっという間に、横に長く連なる見事な防衛陣地ができあがっていく。
アタイは塹壕の土嚢にライフルを据え、スコープを覗き込んだ。
遥か向こうの丘の上に、反乱を起こしたというダリウス家の武装民兵、約五百名が陣取っているのが見える。
「ジューコフ将軍。敵の真ん中に、ひときわ立派な鎧を着た偉そうな男がいますね」
「うむ。あれが首謀者のルーヴェン・ダリウスじゃろう。……ヴェラ教官、あそこまでの距離はどれくらいと見る?」
「ざっと……千五百メートルってところですね」
アタイが冷静に答えると、横で塹壕を掘っていたグスタフが目を丸くした。
「せ、千五百!? 姉さん、いくらなんでも遠すぎますぜ! 射撃場の的より、ずっと遠いんだ! 当たるわけがねえ!」
「……静かにして、グスタフ」
アタイは短く告げると、ゆっくりと深呼吸をし、精神を研ぎ澄ませた。
千五百メートル。確かに、これまでに経験したことのない未知の距離だ。
(風は右から左へ、およそ秒速三メートル。湿度は少し高め。……弾のタレ(落下)は、これくらいか)
頭の中で、瞬時に弾道を計算する。
相棒である『ハーグ・アシュレイ工廠』製のライフルが、アタイの手にしっくりと馴染んでいた。銃身の冷たい感触が、アタイの心を静かな氷のように冷やしていく。
狙うは、馬にまたがり、剣を振り上げて部下たちに演説をしているルーヴェンの頭、一点のみ。
呼吸を止め、心臓の鼓動の隙間を縫うように、引き金にかけた指先へゆっくりと力を込めた。
一瞬の静寂。
世界から、音が消えた。
ズドーン!
鼓膜を揺らす発砲音とともに、弾丸が銃身を飛び出した。
回転しながら風を切り裂き、見えない線を描いて飛んでいく。
一秒、二秒……。
スコープの向こう側で、馬上のルーヴェンが、まるで糸の切れた操り人形のようにドサリと崩れ落ちた。
「……命中、しました」
「ワッハッハ! お見事じゃ、ヴェラ教官!」
ジューコフ将軍が豪快に笑い声を上げた。
戦端が開かれる前に総大将をいきなり失った敵陣は、完全にパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように右往左往し始めた。
「敵は崩れたぞ! 総員、車に乗れ! 一気に突撃じゃああっ!」
将軍の号令に、外人部隊の男たちが野獣のような雄叫びを上げる。
「うおおおおっ! 姉さんに続けえぇぇっ!」
グスタフたちが次々と自動車に飛び乗り、砂煙を上げて大混乱の敵陣へと突っ込んでいく。
自動車の圧倒的な機動力を活かした外人部隊の波状攻撃の前に、指揮系統を失った武装民兵たちは、もはやまともな抵抗すらできなかった。
◇◆◇
夕日が、戦場を赤く染め上げていた。
反乱軍の制圧は、あっけないほどすぐに終わった。
夕方には、残っていた敵兵もすべて武器を捨てて、両手を上げて降伏したのだ。
「姉さん! 俺たち、大勝利っすよ!」
泥と汗にまみれたグスタフが、満面の笑みで駆け寄ってくる。
アタイは、まだわずかに硝煙の匂いが残るライフルを、愛おしく撫でてから肩に担ぎ直した。
(人を撃つのは、初めてだったけど……)
熊などの獣を狩るのとは違う、手のひらに残る重い感触。
けれど、不思議と後悔はなかった。アタイの放った一発が、無駄な血が流れるのを最小限に食い止めたのだと、周りの兵士たちの歓声が教えてくれていたからだ。
「さあ、ハーグに帰ろうか。ルシオン総司令たちが待ってるよ」
吹き抜ける初夏の風が、立ち込める硝煙の臭いを薄めていった。
こうして、アタイの初陣は、たった一発の銃弾によって、鮮やかな勝利で幕を閉じたのだった。
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