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ノヴァラの狙撃手『投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚』【ヴェラ編】  作者: 塩野さち


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第14話 グスタフ、筋を通す

【ハーグ外人部隊員グスタフ視点】


『アヴァロン帝国歴182年 6月3日 スース娼館通り 夜 晴れ』


 外人部隊に入隊して、あっという間に一ヶ月が経った。

 毎日、ヴェラ姉さんに射撃を教わり、ジューコフ将軍の地獄の自動車講習に耐え抜いた俺の懐には今、分厚い給料袋が入っている。ルシオンの坊ちゃんが約束通り、たっぷりと弾んでくれた初任給だ。


 俺は、片手に可愛らしいピンク色の花束を、もう片方の手には、帝都の高級洋菓子店で買った白い箱をぶら下げて、スースの裏通りを歩いていた。

 行き先は、一ヶ月前に俺が最低な真似をした娼館『夜の花』だ。


(あの時は、ヴェラ姉さんに負けた腹いせで、関係ねえ女にひどいことをしちまった……)


 今の俺は、あの時の薄汚いだけの俺じゃない。

 姉さんの圧倒的な強さと、その裏にある相棒(銃)への誠実な姿勢を見て、俺の中の何かが変わったのだ。強い奴は、無抵抗な相手を痛めつけたりしない。俺も、ただの荒くれ者から、誇りある外人部隊の兵士に生まれ変わるんだ。

 そのためには、どうしても落としておかなきゃならない『筋』があった。


「へい、いらっしゃい……っ!?」


 暖簾をくぐると、店主が俺の顔を見てビクッと身構えた。無理もない。


「安心しろ。今日は暴れに来たわけじゃねえ。ミミを呼んでくれ」


 俺が帝国マルク紙幣を数枚カウンターに置くと、店主は恐る恐る奥の部屋へと案内してくれた。


◇◆◇


 薄暗い赤紫色の照明が灯る個室で待っていると、ドアが静かに開いた。


「お、お待ちしておりました……ひっ!」


 入ってきたミミは、俺の顔を見るなり、怯えた小動物のように肩をすくませて後ずさりした。一ヶ月前の恐怖が、その瞳にありありと浮かんでいる。

 無理やり押し倒し、荒縄で縛り上げた記憶が蘇り、俺は自分のしたことのクズっぷりに吐き気がした。


 ドサッ。


「え……?」


 俺は、ミミの目の前で勢いよく両膝を床についた。そして、冷たい床に額をこすりつける。


「すまなかった!!」


 部屋の中に、俺の土下座の声が響いた。

 ミミは目を丸くして、言葉を失っている。


「一ヶ月前、俺は自分の惨めさを誤魔化すために、お前に最低な真似をした! 男として、いや、人間として恥ずかしいクズ野郎だった! 許してくれとは言わねえ。だが、どうしても謝りたかったんだ」


 俺は頭を下げたまま、持ってきた花束と白い箱をスッと前に押し出した。


「これ……詫びのしるしだ。受け取ってくれ」


「これは……?」


 ミミがおずおずと箱を開ける。中には、真っ白な生クリームと真っ赤なイチゴが乗った、ホールケーキが入っていた。娼館で働く娘にとっては、滅多に口にできない高級品だ。


「帝都で一番美味い店で買ってきた。……一緒に、食わねえか?」


 俺が顔を上げて不器用に笑うと、ミミは驚いた顔のまま、やがてポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。


「……あたし、あの後、すごく怖かったんだからね。お兄さんのこと、一生恨んでやるって思ってたんだから」


「ああ、当然だ。俺が全部悪い」


「でも……お花とケーキをもらったのは、初めて」


 ミミは袖で涙を拭うと、花束を愛おしそうに胸に抱き、ふわりと柔らかく微笑んだ。


◇◆◇


 二人でベッドに腰掛け、ケーキをつついた。

 甘いクリームが口の中に広がり、ミミの顔から少しずつ緊張が解けていくのがわかった。


「おいしい……。お兄さん、なんだか一ヶ月前と、顔つきが変わったね。優しくなった」


「そうか? 尊敬できる『姉さん』ができたからかもな」


「ふふっ、なにそれ。恋人?」


「いや、一生頭の上がらねえ、最強の教官さ」


 他愛のない会話を交わし、最後の一口を食べ終えた後。

 部屋の空気が、少しだけ甘く、しっとりとしたものに変わった。


 ミミがそっと、俺の胸に寄り添ってくる。

 俺は、彼女の華奢な肩を、壊れ物を扱うようにそっと抱き寄せた。


「……今日は、ロープ、持ってないの?」


 ミミが上目遣いで、少しだけからかうように聞いてきた。


「あんなもんは、もう捨てた。……今日は、ただ、お前を優しく抱きしめたい」


 俺が本音をこぼすと、彼女は嬉しそうに目を細め、俺の首に腕を絡ませてきた。

 重なる唇は、ケーキの甘い匂いがした。


 衣服が床に滑り落ち、二人の素肌が触れ合う。

 俺は、銃の引き金を絞る時よりもずっと慎重に、指先で彼女の柔らかな肌をなぞった。怯えさせるのではなく、ただ愛おしさを伝えるように。

 ミミの細い手が俺の背中に回り、ギュッと抱きしめ返してくれる。その確かな温もりが、冷え切っていた俺の心の奥底まで溶かしていくようだった。


「あっ……んっ……お兄さん、優しい……」


 耳元で囁かれる甘い吐息。

 力で無理やり支配するのとは違う。互いの熱を分け合い、心から求め合うことでしか得られない、蕩けるような心地よさがそこにはあった。


 薄暗い部屋に、柔らかな肌が擦れる音と、甘い声だけが静かに響く。

 俺は、ミミの体温に包まれながら、本当の『男の喜び』というものを、生まれて初めて知ったのだった。


 翌朝。


 俺は、眠るミミに一礼すると、彼女を起こさないように、静かに娼館を出たのであった。


 やけに眩しい朝日であった。


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