第13話 ヴェラ、自動車講習で疲れて帰る。そして癒しの夜
【ヴェラ視点】
『アヴァロン帝国歴182年 5月3日 帝都ハーグ郊外外人部隊駐屯地 昼 薄曇り』
昨日、アタイの圧倒的な射撃を見せつけて、傭兵のグスタフたちを完全に屈服させた翌日のことだ。
アタイに勝負を挑んできたあの凄腕のジイさん――ジューコフさんは、実はものすごい階級を持つ『将軍』だったらしい。
「今日からは、お前たち全員に車の運転免許をとってもらう!」
薄曇りの空の下、ジューコフ将軍の張りのある声が駐屯地に響き渡った。
「へへっ、あんなカネ持ちか、貴族様の乗りもん、俺たちにどうしろってんだよ?」
グスタフが鼻で笑う。すっかりアタイを『姉さん』と慕うようになった彼だが、根っこの傭兵気質は変わっていないらしい。
「バカモン! 今の時代、戦場まで馬や歩きで行けと言うか? 否! これからは車・戦車・歩兵が一体となるのだ!」
将軍が一喝すると、グスタフはビクッと肩を揺らして黙り込んだ。
「あの、それで、アタイたちはどうすれば良いのですか?」
アタイが恐る恐る尋ねると、ジューコフ将軍はニヤリと笑った。
「ふふっ、ワシが自ら指導してやろう。ちなみに、きちんと乗れるようになった者には『免許証』が与えられる。免許をとったら、公道を走っても良いぞ? ただし、交通ルールを守るようにな!」
◇◆◇
それから何日も、地獄の自動車講習が続いた。
駐屯地の広い空き地には、どこから集めてきたのかは分からないが、ボロボロの中古車が大量に並べられていた。どれもエンジンをかけると、ブルン、ブルルルルッ! と大きな音を立て、マフラーからモクモクと黒い煙をあげている。
「くそっ! なんで前に進まねえんだよ!」
ガガガガッ! と嫌な金属音を立てて、グスタフの乗る車がエンストした。彼は力任せにギアを操作しようとして、ジューコフ将軍から「機械は女を扱うように優しくしろ!」と怒鳴られている。
(アタイも、人のことは言えないけどね……)
アタイは運転席で、丸いハンドルをギュッと握りしめていた。
銃の引き金なら、ミリ単位の感覚で指先の力を調整できる。風も読める。だが、足元の踏板とやらを少しでも踏み間違えると、鉄の塊はガクンッ! と暴れ馬のように飛び出してしまうのだ。
「うわわわっ! 止まらないよぉ!」
「ヴェラ教官、ブレーキじゃ! 右足じゃなくて真ん中のペダルを踏むんじゃ!」
キーーーッ!
アタイが慌ててブレーキを踏むと、タイヤが盛大な音を立てて止まった。前のめりになり、危うく窓ガラスに頭をぶつけるところだった。
「姉さん! 大丈夫っすか!?」
「グスタフ、よそ見するな! またエンストしておるぞ!」
アタイたち凄腕の狩人や傭兵たちが、ただの鉄の乗り物に振り回されて悪戦苦闘している。
その滑稽な様子を見て、助手席のジューコフ将軍は「ワッハッハッハ!」と腹を抱えて大笑いしていた。
◇◆◇
その日の夕方。
初めての運転講習で心身ともにボロボロになったアタイは、ライル様のお屋敷へとフラフラになって帰ってきた。
「ああ……もう、手も足もガクガクだよぉ……」
客間のふかふかなソファに倒れ込むと、ライル様が温かい紅茶を持ってきてくれた。
「お疲れ様、ヴェラちゃん。慣れない車の運転は神経を使うからね。ほら、僕がマッサージしてあげるよ」
ライル様の大きくて温かい手が、アタイの凝り固まった肩や背中を優しく揉みほぐしてくれる。
(ああ……極楽だぁ……)
「ライル様、そこ、すごく気持ちいい……」
「ふふっ、よかった。もっと気持ちよくしてあげるからね」
耳元で甘く囁かれ、アタイは顔を真っ赤にしてコクリと頷いた。
昼間は泥だらけになって鉄の馬と格闘し、夜はライル様にたっぷりと甘やかされて癒やされる。そんな濃密な日々が、それから毎日続いた。
◇◆◇
そして、一か月の月日が流れた。
悪戦苦闘の末、なんとアタイを含めた外人部隊の全員が、無事に運転免許をとることができたのだ。
「やったね、グスタフ!」
「へへっ、姉さんのおかげっすよ! これで俺も、帝都のいい女をドライブに誘えるぜ!」
みんなで真新しい免許証を見せ合い、ワイワイと喜んでいると、そこへ外人部隊のトップである青年貴族、ルシオン卿が視察にやってきた。
「おお、皆、無事に免許がとれたようだな。よくやった!」
ルシオン卿が満足そうに頷いた、その時だった。
ジューコフ将軍が、分厚い紙の束をルシオン卿にスッと差し出した。
「ルシオン殿。これが今月の請求書です。車の燃料費やら、中古車の代金、それに修理費など、もろもろですな」
「……えっ?」
ルシオン卿は、その紙に書かれた数字を見た瞬間、目玉が飛び出そうなくらいに見開いた。
「な、なんだ、この金額は!? こ、こんな莫大な予算、議会に通せと申すか!?」
ブルブルと手を震わせるルシオン卿に、ジューコフ将軍はニヤリと笑って言い放った。
「ふふっ。車はタダでは動きませんからな。ガソリンというカネを食う生き物ですじゃ」
そう。あの黒い煙を上げる鉄の馬は、莫大な燃料を湯水のように消費するのだ。
ぐったりと肩を落とし、今にも泣き出しそうにうなだれるルシオン卿。
「アハハハハハ!」
「ルシオンの旦那、議会への言い訳、頑張ってくれよ!」
その情けない姿を見て、アタイやグスタフたち外人部隊の面々は、青空の下で腹を抱えて笑い声をあげていたのだった。
ハーグはちょうど過ごしやすい季節だったが、車の発する熱のせいか、少し暑く思えた。
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