第1話 ノヴァラの狩人~ヴェラ、ニア女王を救う~
【女狩人ヴェラ視点】
『アヴァロン帝国歴182年 4月1日 大ノヴァラ森林 晴れ』
ノヴァラ王国の深い森の中、木漏れ日が静かに降り注いでいた。
アタイの名前はヴェラ。この森で生きる、一人の狩人だ。
最近は、ライフルなんて便利なものが入ってきて、狩りが随分と楽になった。
小さい頃は、父さんから弓矢と槍の扱いを厳しく教わったものだが、今の時代は違う。アタイの手にあるのは、冷たく黒光りする鉄の塊。
銃床には『ハーグ・アシュレイ工廠 581235』と刻印がされている。
こいつが、今のアタイの相棒だった。
その日も、アタイは獲物を求めて、森林の奥深くで息を潜めていた。
けもの道を見つけたので、風下でしばらく待ち伏せする作戦だ。鳥のさえずりと、葉擦れの音だけが聞こえる静寂な時間。
その時だった。
「キャーーーーッ!」
森の空気を切り裂くような、女の子の悲鳴が聞こえた。
アタイは弾かれたように身を起こし、声のした方へと走る。
視界の開けた場所に出ると、そこには信じられない光景があった。
視界の端、大木の根元に、小柄な女の子がペタンと腰を抜かして座り込んでいる。
そして、そのすぐそばでは、一緒にお付きで来ていたと思われる兵士が、巨大な熊に頭からガブリといかれていた。
兵士は射撃を外したのか、手には役立たずになった銃が転がっている。
(ったく、あんな近距離で外すとはねぇ。ありゃあ、あの男の兵士は自業自得だな)
アタイは舌打ちしたい気分をこらえ、冷静に状況を分析する。
男はもう助からない。だが、あの女の子はまだ無事だ。
(とはいえ、女の子は助けるか)
アタイは素早く木の陰に滑り込み、ライフルを構える。
射線、確保。
距離、ギリギリ。
狙うは、暴れている熊の頭、一点のみ。
熊はその場でバリバリ、ムシャムシャと、無惨な姿になった男を食べ始めている。血の匂いが、風に乗って漂ってくる。
(これぐらい、余裕)
弓矢で狩りをしていたころに比べれば、ライフルの狙撃なんて簡単すぎるくらいだ。
アタイは、風向きと距離による弾道の偏差を瞬時に計算する。
ボルトを引き、薬室に弾を送る。
スコープの中、熊の眉間を捉える。呼吸を止め、指先に神経を集中させ、静かに引き金を絞った。
ズッバーン!
乾いた発砲音が、森に轟いた。
弾が発射された。
その刹那、回転しながら飛んだ弾丸は、正確に熊の目を貫き、その頭蓋骨を粉砕する。
熊は悲鳴を上げる間もなく、ドサリと巨体を地に沈めた。
硝煙の匂いが鼻をかすめる。
アタイは残心を解き、ライフルを肩に担ぎ直すと、女の子の方へと歩み寄った。
「あんた、ケガはないかい?」
アタイは、女の子の前に出た。
女の子は熊の返り血を浴びて、ガタガタと震えていた。
よく見ると、森歩きには適さない、ハーグ風の上等な洋服。いわゆる白いワンピースを着ている。泥と血で汚れてはいるが、仕立ての良さは一目でわかった。
(よくこんな、ひらひらした格好で狩りにきたもんだ)
呆れながらも見下ろしていると、女の子は涙目でアタイを見上げ、震える声で言った。
「わ、妾の名前は、ニア。ニア女王じゃ。れ、礼を言う。褒美をとらすぞ」
王女、と名乗ったその子は、腰を抜かしたまま、それでも精一杯の虚勢を張っているようだった。
アタイは苦笑しながら、その小さな手を引いて立たせてやる。
「はいはい、おうちまで送ってあげるからね」
この時のアタイは、自分の人生がここから激変してしまうことに、まだ気づいていなかった。
◇◆◇
「……え、本当に女王様なの?」
「無礼者! 疑うでない!」
森の外へ出ると、ハーグで作られたと思われる、黒塗りの車が待っていた。
森の外は春の日差しがまぶしく、車のガラスが光輝いて見えた。
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