魔王をたべてもいいですか? ~食べたい勇者と食べられたくない魔王の話~
「……いや、よくないが? 私を討伐に来たのだろう?」
玉座にどっかと腰を下ろした私に対し、目の前の勇者は事もなげに言った。
「違いますよ」
「え?」
「え?」
しばしの沈黙。
勇者は魔王を倒すものだろう。この玉座で勇者を待ち、現れた勇者と生死を懸けた決闘をして、最後は劇的に勇者が勝つ……それが伝統的な流れであろうが。
ふと、目の前の勇者をよく観察してみると、彼女の腰に「あるはずの物」がないことに気づいた。
「いや待て、待て待て! よく見ればお前、聖剣はどうした! あれがないと私にダメージは通らんぞ」
「ああ、あれならここに来る前に、お城の門番さんに交換してもらいました」
「……何と、交換したというのだ」
「特選・焼肉セットです。備長炭と網もついてました。タレは辛口です」
正気か?
世界を救う唯一の希望を、一晩の晩餐に換えたというのか。
「……お前、どうやって私に勝つつもりだ?」
「勝つつもりはありませんよ。食べに来ただけなので」
勇者の瞳が、獲物を狙う獣のようにギラリと光った。
「勇者の役割はどうするんだ。世界平和とか、そういうのは……」
「役割? 私はあなたを食べたいだけです。平和なんて二の次、三の次ですよ。だから魔王様、たべてもいいですか?」
「帰れッ!!」
私は全力の強制転送魔法をぶつけてやった。
勝負以前に、あいつは完全に「捕食者」の眼をしていた。
たしか門番が聖剣を受け取ったと言っていたな。さて、どうしたものか。
私はこれから起こるであろう数々の面倒を予感し、深く、深いため息をついた。
――翌朝。
「おはようございます、魔王さん」
「……なんでお前はまた玉座の間にいるんだ?」
朝一番、視界に飛び込んできたのは、昨日追い出したはずの女だった。
しかも、まるで近所の挨拶でもするかのような爽やかさである。
「昨日、転送されてしまった後すぐ魔王城に戻ってきただけですよ。あの後戻ってくるの、結構大変だったんですから」
「いやそれはおかしいだろ。魔王城は精鋭の門番が守っていて、お前は丸腰だったはずだ。無傷で辿り着けるわけがない」
「門番さんが普通に入れてくれましたよ」
「よし、あいつクビにしよう」
心の中で決心した。……が、今の門番は「聖剣」という最強の武器を持っているんだったな。
解雇通知を出すのも命がけになりそうだ。
「……それで。丸腰のお前が、今度は何の用だ」
追い返しても、どうせまた戻ってきそうだ。
私は諦めて話を聞いてみることにした。
魔王と勇者が同じテーブルについて茶をしばくなど、歴代でも私が初めてではないだろうか。
「……そもそも、なぜそこまで私を食うことに執着する。お前は世界を救う勇者だろう」
「執着? 失礼な。私はいつだって全力で食と向き合ってきただけです」
勇者は心外だと言わんばかりに胸を張った。
「ここに来るまでの旅路だって大変だったんですよ。森ではスライムをわらび餅にして食べ、洞窟では毒キノコの怪物をアヒージョにしました。コカトリスの巣を見つけた時は、三日三晩かけて親子丼にして……」
「お前の旅、ただのグルメツアーだったのか!?」
「はい。みんな美味しくて、食べ残しはしない主義なので、ここに来るのに時間かかっちゃいました」
「魔物の生態系が絶滅の危機だろうが!」
どうやらこの女、魔王城に辿り着くまでに、道中の魔物を食い尽くしてきたらしい。
勇者がおもむろに鞄から、塩、コショウ、おろしポン酢の小瓶をテーブルに並べ始めた。
「でも、どれも主食には物足りなくて……。やっぱり最後は、このツヤツヤした角。そしてこの、程よく締まってそうな二の腕……」
「おい、こっちを見るな。品定めをするような目で見るな」
「だって魔王様、元々はうちの牧場で飼われていた食用牛じゃないですか」
「もしやあの時の……! って、なるか! 嘘をつけ!」
勇者は自信満々に言うが、当然ながら真っ赤な嘘である。
「お前に飼われた記憶はないし、そもそも私は人型だ。……まさかお前、この角だけで牛だと判断していないか?」
「や、やだな~、そんなわけないじゃないですかぁ。あ、でもわかりますよ。そこ、絶対『ミスジ』ですよね。刺身でもいけますけど、個人的にはサッと炙って岩塩でいきたいです」
「勝手に調理法を決めるな! 私は魔王だぞ、特選和牛じゃない!」
詰め寄ろうとする勇者の瞳には、もはや戦意など欠片もない。
ただひたすらに、純粋で、狂気に満ちた「食欲」があるだけだ。
「……そういえばお前、門番に聖剣を渡したと言っていたな。あいつ、丸腰のお前をなぜ通した」
「ああ、それなら。聖剣をあげたら、門番さん、魔王城の裏にある『一番いい備長炭』の場所を教えてくれたんです。それで意気投合して」
「……よし、あいつは今すぐ、確実に、念入りにクビだ」
聖剣を横流しされた挙句、燃料の場所まで教えるとは。
我が軍の忠誠心はどうなっているのか。
絶望する私をよそに、勇者はついに、聖剣と引き換えに手に入れたトングを両手に構えた。
「さあ魔王様、覚悟してください! あなたを食べて、私は伝説になるんです!」
「トングで迫るな! それは焼く時に使うものだろうが!」
「わかってますよ! だから……焼かせてください!」
トングをカチカチと威嚇するように鳴らしながら迫ってくる勇者。
私は必死に玉座の影に隠れながら、ある一つの悟りに至った。
この女は、倒すべき「悪」として私を見ているのではない。
ただの「食材」として見ているのだ。
ならば。
このまま一生、捕食者の視線に怯えて暮らすくらいなら。
いっそこの有り余る腕力を肉を叩くために使い、魔力を網の火加減を操るために使い、私が「提供する側」になってしまえばいいのではないか?
食われるくらいなら、もっと美味いものを食わせて、こいつの胃袋を黙らせてやるのだ。
「待て、待て! 落ち着け勇者! 生肉は体に悪い。私が……私がもっと美味いものを焼いてやる!」
「えっ、焼いてくれるんですか? 魔王様が自ら?」
トングの動きがピタリと止まった。
これが、私と彼女の「奇妙な共存関係」の始まりだった。
――数年後。
魔王城から少し離れた城下町の一角に、一軒の店が佇んでいた。
そこを訪れた一人の新米勇者が、看板を見て足を止める。
「……あ、あれが歴代最悪と呼ばれた、魔王の城跡か……」
「違うぞ、若き勇者よ」
暖簾の奥から、聞き覚えのある低く重厚な声が響いた。
そこには、エプロンを締め、手際よく肉を捌く大男の姿がある。
「正確には……“元”魔王だ」
「えっ、あなたが!?」
男は豪快に笑い、網の上でジューシーに焼ける肉をひっくり返した。
「よく来たな勇者よ。私が魔王……いや、今は『焼肉備長炭魔王』の店主だ!」
「……焼肉、備長炭?」
「ああ。あの食いしん坊の女に食われそうになるくらいなら、いっそ自分で焼いて提供してやろうと思ってな。おかげでこの通り、店は大繁盛だ。……よし、いい焼き加減だぞ」
魔王は自慢の「角」の横にタオルを引っ掛け、満足げに笑う。
「……あ、おい! そこの行列の一番前の女! 網が温まる前に箸を出すなと言っただろうが! お前はいつも、おろしポン酢を準備するのが早すぎるんだよ!」
「仕方ないじゃないですか。今日の私の役割は『勇者』じゃなくて『お客様』なんですから」
香ばしい匂いに誘われた人々、そして、今もなお店主に熱い視線を送る「あの勇者」。
今日も魔王の焼肉店には、平和な煙が立ち上っている。
(完)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




