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魔王をたべてもいいですか? ~食べたい勇者と食べられたくない魔王の話~

作者: 猫豆腐
掲載日:2026/02/04

「……いや、よくないが? 私を討伐に来たのだろう?」


 玉座にどっかと腰を下ろした私に対し、目の前の勇者は事もなげに言った。


「違いますよ」

「え?」

「え?」


 しばしの沈黙。


 勇者は魔王を倒すものだろう。この玉座で勇者を待ち、現れた勇者と生死を懸けた決闘をして、最後は劇的に勇者が勝つ……それが伝統的な流れであろうが。


 ふと、目の前の勇者をよく観察してみると、彼女の腰に「あるはずの物」がないことに気づいた。


「いや待て、待て待て! よく見ればお前、聖剣はどうした! あれがないと私にダメージは通らんぞ」

「ああ、あれならここに来る前に、お城の門番さんに交換してもらいました」


「……何と、交換したというのだ」

「特選・焼肉セットです。備長炭と網もついてました。タレは辛口です」


 正気か?

 世界を救う唯一の希望を、一晩の晩餐に換えたというのか。


「……お前、どうやって私に勝つつもりだ?」

「勝つつもりはありませんよ。食べに来ただけなので」


 勇者の瞳が、獲物を狙う獣のようにギラリと光った。


「勇者の役割はどうするんだ。世界平和とか、そういうのは……」

「役割? 私はあなたを食べたいだけです。平和なんて二の次、三の次ですよ。だから魔王様、たべてもいいですか?」


「帰れッ!!」


 私は全力の強制転送魔法をぶつけてやった。

 勝負以前に、あいつは完全に「捕食者」の眼をしていた。

 たしか門番が聖剣を受け取ったと言っていたな。さて、どうしたものか。

 私はこれから起こるであろう数々の面倒を予感し、深く、深いため息をついた。


 ――翌朝。


「おはようございます、魔王さん」

「……なんでお前はまた玉座の間にいるんだ?」


 朝一番、視界に飛び込んできたのは、昨日追い出したはずの女だった。

 しかも、まるで近所の挨拶でもするかのような爽やかさである。


「昨日、転送されてしまった後すぐ魔王城に戻ってきただけですよ。あの後戻ってくるの、結構大変だったんですから」

「いやそれはおかしいだろ。魔王城は精鋭の門番が守っていて、お前は丸腰だったはずだ。無傷で辿り着けるわけがない」

「門番さんが普通に入れてくれましたよ」

「よし、あいつクビにしよう」


 心の中で決心した。……が、今の門番は「聖剣」という最強の武器を持っているんだったな。

 解雇通知を出すのも命がけになりそうだ。


「……それで。丸腰のお前が、今度は何の用だ」


 追い返しても、どうせまた戻ってきそうだ。

 私は諦めて話を聞いてみることにした。

 魔王と勇者が同じテーブルについて茶をしばくなど、歴代でも私が初めてではないだろうか。


「……そもそも、なぜそこまで私を食うことに執着する。お前は世界を救う勇者だろう」

「執着? 失礼な。私はいつだって全力で食と向き合ってきただけです」


 勇者は心外だと言わんばかりに胸を張った。


「ここに来るまでの旅路だって大変だったんですよ。森ではスライムをわらび餅にして食べ、洞窟では毒キノコの怪物をアヒージョにしました。コカトリスの巣を見つけた時は、三日三晩かけて親子丼にして……」

「お前の旅、ただのグルメツアーだったのか!?」

「はい。みんな美味しくて、食べ残しはしない主義なので、ここに来るのに時間かかっちゃいました」

「魔物の生態系が絶滅の危機だろうが!」


 どうやらこの女、魔王城に辿り着くまでに、道中の魔物を食い尽くしてきたらしい。

 勇者がおもむろに鞄から、塩、コショウ、おろしポン酢の小瓶をテーブルに並べ始めた。


「でも、どれも主食メインディッシュには物足りなくて……。やっぱり最後は、このツヤツヤした角。そしてこの、程よく締まってそうな二の腕……」

「おい、こっちを見るな。品定めをするような目で見るな」

「だって魔王様、元々はうちの牧場で飼われていた食用牛じゃないですか」

「もしやあの時の……! って、なるか! 嘘をつけ!」


 勇者は自信満々に言うが、当然ながら真っ赤な嘘である。


「お前に飼われた記憶はないし、そもそも私は人型だ。……まさかお前、この角だけで牛だと判断していないか?」

「や、やだな~、そんなわけないじゃないですかぁ。あ、でもわかりますよ。そこ、絶対『ミスジ』ですよね。刺身でもいけますけど、個人的にはサッと炙って岩塩でいきたいです」

「勝手に調理法を決めるな! 私は魔王だぞ、特選和牛じゃない!」


 詰め寄ろうとする勇者の瞳には、もはや戦意など欠片もない。

 ただひたすらに、純粋で、狂気に満ちた「食欲」があるだけだ。


「……そういえばお前、門番に聖剣を渡したと言っていたな。あいつ、丸腰のお前をなぜ通した」

「ああ、それなら。聖剣をあげたら、門番さん、魔王城の裏にある『一番いい備長炭』の場所を教えてくれたんです。それで意気投合して」

「……よし、あいつは今すぐ、確実に、念入りにクビだ」


 聖剣を横流しされた挙句、燃料の場所まで教えるとは。

 我が軍の忠誠心はどうなっているのか。


 絶望する私をよそに、勇者はついに、聖剣と引き換えに手に入れたトングを両手に構えた。


「さあ魔王様、覚悟してください! あなたを食べて、私は伝説になるんです!」

「トングで迫るな! それは焼く時に使うものだろうが!」

「わかってますよ! だから……焼かせてください!」


 トングをカチカチと威嚇するように鳴らしながら迫ってくる勇者。

 私は必死に玉座の影に隠れながら、ある一つの悟りに至った。


 この女は、倒すべき「悪」として私を見ているのではない。

 ただの「食材」として見ているのだ。


 ならば。

 このまま一生、捕食者の視線に怯えて暮らすくらいなら。

 いっそこの有り余る腕力を肉を叩くために使い、魔力を網の火加減を操るために使い、私が「提供する側」になってしまえばいいのではないか?

 食われるくらいなら、もっと美味いものを食わせて、こいつの胃袋を黙らせてやるのだ。


「待て、待て! 落ち着け勇者! 生肉は体に悪い。私が……私がもっと美味いものを焼いてやる!」

「えっ、焼いてくれるんですか? 魔王様が自ら?」


 トングの動きがピタリと止まった。

 これが、私と彼女の「奇妙な共存関係」の始まりだった。


 ――数年後。


 魔王城から少し離れた城下町の一角に、一軒の店が佇んでいた。

 そこを訪れた一人の新米勇者が、看板を見て足を止める。


「……あ、あれが歴代最悪と呼ばれた、魔王の城跡か……」

「違うぞ、若き勇者よ」


 暖簾のれんの奥から、聞き覚えのある低く重厚な声が響いた。

 そこには、エプロンを締め、手際よく肉を捌く大男の姿がある。


「正確には……“元”魔王だ」

「えっ、あなたが!?」


 男は豪快に笑い、網の上でジューシーに焼ける肉をひっくり返した。


「よく来たな勇者よ。私が魔王……いや、今は『焼肉備長炭魔王』の店主だ!」

「……焼肉、備長炭?」

「ああ。あの食いしん坊の女に食われそうになるくらいなら、いっそ自分で焼いて提供してやろうと思ってな。おかげでこの通り、店は大繁盛だ。……よし、いい焼き加減だぞ」


 魔王は自慢の「角」の横にタオルを引っ掛け、満足げに笑う。


「……あ、おい! そこの行列の一番前の女! 網が温まる前に箸を出すなと言っただろうが! お前はいつも、おろしポン酢を準備するのが早すぎるんだよ!」


「仕方ないじゃないですか。今日の私の役割は『勇者』じゃなくて『お客様』なんですから」


 香ばしい匂いに誘われた人々、そして、今もなお店主に熱い視線を送る「あの勇者」。

 今日も魔王の焼肉店には、平和な煙が立ち上っている。


(完)


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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