表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影館おそうじ日記 清掃騎士団長とムーンジェイドの指輪  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/16

第8話 ありがとうの紙片が、屋敷を柔らかくする

 昼。ホタルは台所の端で、小さな紙を切っていた。古い包み紙を裂き、短い言葉を一枚ずつ書く。


 『オックスへ 道を教えてくれてありがとう』

 『ビジルへ 危ない場所を教えてくれてありがとう』

 『マルゲンへ 当番表を作ってくれてありがとう』

 『デニソンへ 石のことを教えてくれてありがとう』


 子どもたちが覗き込み、目を丸くする。

 「それ、なに?」

 「手紙。短いやつ」

 「配りたい!」


 ホタルはうなずき、紙を束ねて渡した。

 「名前を呼んで渡してね。走らない」

 「はい、隊長!」


 また隊長だ。ホタルは笑いながら見送った。


 子どもたちは役所や店まで走り、途中でちゃんと歩き直し、紙片を届けて戻ってくる。そのたびに胸を張る。


 オックスが紙片を受け取ったとき、彼は固まった。顔が動かない。目だけが泳いで、紙を見つめ、急に視線を逸らす。


 「……どこで拾った」

 「拾ってない。書いた」

 「……」


 オックスは紙片を胸のポケットへ滑り込ませた。子どもが「顔赤い!」と騒ぐと、オックスは咳払いで誤魔化し、子どもを追いかけようとして床で滑りかけた。


 「止まって!」

 ホタルが叫ぶと、オックスはぎりぎりで止まった。


 ビジルは紙片を受け取ると、指先で文字をなぞり、短く息を吐いた。

 「……こういうのは、効くな」

 「効く?」

 「胸がうるさい」


 マルゲンは紙を読んで、ふっと笑った。

 「言葉が残るのは、助かる」


 デニソンは紙を畳み、眼鏡を押し上げる。

 「この屋敷も、同じだよ。言葉が残る」


 そのとき、廊下の足音が鳴った。いつもの追い払う音ではなく、合図みたいな規則正しさ。ムーンジェイドの欠片が淡く脈打ち、光が壁に薄く広がる。


 ホタルは耳を澄ませ、笑った。

 「今の足音、追い払ってない」


 子どもが「足音さん、ありがとうって言われたのかな」と言い、別の子が「足音さんにも渡す?」と聞いた。


 ホタルは紙を一枚切り、書いた。

 『足音さんへ 見守ってくれてありがとう』


 それを窓際に置くと、風がふっと吹き、紙が揺れた。足音が、少し遠ざかった。


 紙片を配る途中、子どもたちは町の人にも声をかけた。鍛冶屋の前で「いつも鉄の音ありがとう!」と叫ぶと、鍛冶屋は槌を止め、真っ赤な顔で「うるさい、早く帰れ」と言いながら、焼きたてのパンの端を袋に入れて渡した。


 市場の老婆にも紙片を渡すと、老婆は受け取った紙を裏返し、また戻し、最後に袖にしまった。

 「変な子が増えたね。……悪くない」


 屋敷に戻ると、パンの匂いに子どもたちが飛びつく。ホタルは切り分け、順番に配った。


 「食べる前に、手」

 「はーい」


 手を洗う列ができる。列ができること自体が、少し前なら想像できなかった。


 窓際の『足音さんへ』の紙が揺れたあと、床のきしみが一歩ずつ丁寧になった気がした。足音が、走らない。そこが妙に可笑しくて、ホタルは声を殺して笑った。


 床板が小さくきしみ、子どもたちは顔を見合わせて笑った。


 オックスがパンを切り分けしながら言った。「……走るな」 ホタルが笑って返す。「歩ける」 短い言葉の代わりに、布の音が途切れず続いた。


 窓の外で鉱山の灯りが揺れ、包丁の音が混ざった。屋敷の中はまだ古いけれど、ありがとうの束が一つ増えた気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ