第6話 マルゲンの段取り帳、みんなの手が揃う
昼。マルゲンが大きな紙を広げ、鉛筆で線を引いた。彼は皆の顔を順番に見て、声を整える。
「当番表を作る。窓を拭く係、雑巾を干す係、灰を運ぶ係。子どももやる。できる範囲で」
子どもたちがざわめく。「やる!」と手が上がる。マルゲンはうなずき、配置を変えながら書き足した。
ホタルは一人ずつ目を見て、紙を渡した。
「頼りにしてる、ありがとう」
子どもたちは急に背筋を伸ばした。恥ずかしそうに頬を掻き、でも紙を握りしめる。
「俺が一番働く」
オックスが宣言した。
「無駄に汗をかくな」
ビジルが冷たい声で返す。
「汗が出るのは生きてる証だ」
「証明は要らない。床を拭け」
言い合いが始まりそうになったが、子どもがふたりの間に割り込んだ。
「じゃあ、どっちが早いか二回戦!」
「やる!」
ホタルは布を渡し、床の印を指さした。
「ここは踏まない。足を止める。はい」
子どもたちは素直にうなずいた。言い方を変えると、ちゃんと届く。
デニソンが笑いながら、屋敷の古い井戸の場所を教えた。
「庭の奥、石の塀の陰。蓋が重い。開けるなら、指を挟まないように」
夕方。皆で井戸へ向かった。オックスが蓋に手をかけ、力を入れる。きしみが鳴り、蓋が少し浮く。ホタルは子どもを後ろへ下げ、マルゲンが縄を用意した。
「せーの」
蓋が開いた瞬間、屋敷の中から聞こえていた足音が――一拍だけ止まった。風の音と、井戸の底から返る水滴の音が、代わりに聞こえた。
皆が息を呑む。次に鳴った足音は、今までより柔らかかった。追い払う音じゃない。合図みたいな、確かめるみたいな。
ホタルは桶を下ろし、冷たい水を汲み上げた。
「これで洗える。助かった」
オックスは濡れた手を見つめ、ぽつりと言った。
「……水があると、家になる」
子どもたちは井戸の水面を覗き込み、顔が映るのを面白がった。笑い声が、夕暮れの庭に広がった。
当番表が壁に貼られると、屋敷の中に“生活の順番”が生まれた。朝は窓を開ける。昼は床を拭く。夕方は雑巾を干す。夜は井戸の蓋を閉める。
子どもたちは最初、面倒くさそうにしていた。けれど、干した雑巾が風で揺れるのを見ると、急に誇らしげな顔になる。
「これ、私が洗った!」
「僕が絞った!」
オックスはその声に、わざとらしく咳払いをした。
「……良い絞りだ」
「ほめた!」
「ほめたね!」
子どもたちが騒ぎ、オックスが耳を赤くする。ホタルは笑いながら、井戸水で手を洗わせ、爪の間の灰まで落とさせた。
夜、台所で豆のスープを配ると、子どもが自然に皿を差し出し、自然に「ありがとう」と言うようになった。言われた相手は照れて目を逸らす。でも皿を受け取る手は、必ず止まらない。
床板が小さくきしみ、子どもたちは顔を見合わせて笑った。
オックスが縄を結びしながら言った。「……俺がやる」 ホタルが笑って返す。「みんなでやる」 短い言葉の代わりに、布の音が途切れず続いた。
窓の外で鉱山の灯りが揺れ、水滴の返り音が混ざった。屋敷の中はまだ古いけれど、休む順番が一つ増えた気がした。




