表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影館おそうじ日記 清掃騎士団長とムーンジェイドの指輪  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/16

第14話 歌う雑巾、マルゲンの工夫

 昼。皆の手が止まりかけた。大掃除の翌日、腕は重いし、背中も痛い。子どもたちも雑巾を握ったまま座り込み、オックスは腰を叩き、ビジルは無言で呼吸を数える。


 そんな中、マルゲンが口を開いた。

 「歌を作る」

 「……歌?」

 「短いの。手が動くやつ」


 彼は布を握り、一定のリズムで床を拭きながら歌い始めた。


 「ひと拭き、ふた拭き、埃よさよなら」

 「みっ拭き、よっ拭き、床が笑う」


 子どもたちがすぐ真似をして合唱になった。音程はバラバラで、でも楽しい。オックスが最初は真顔で拭いていたのに、気づくと小さく口ずさんでいる。


 「隊長、歌ってる!」

 子どもが叫ぶと、オックスは顔をしかめた。

 「歌ってない。呼吸だ」

 「歌だよ!」


 ビジルが咳払いし、わざとらしく言う。

 「呼吸に歌は有効だ。……理屈はある」

 「ほら、ビジルも歌え!」


 子どもがビジルの手を引く。ビジルは一瞬固まり、でも拒まなかった。小さく息を吸い、歌の最後だけ口を動かした。


 「……床が笑う」


 それだけで子どもたちは大笑いした。


 ホタルは歌の合間に言った。

 「みんながいると、ここが怖くない。ありがとう」


 誰かが照れて視線を泳がせた。オックスは耳を赤くし、ビジルは顔を背け、マルゲンは布を拭く手を少し速めた。


 デニソンが頷いた。

 「言葉が屋敷を治す」


 廊下の足音が、ほんとうに拍手みたいに響いた。ぱた、ぱた、ぱた。子どもたちは足音に合わせて歌を強くし、屋敷の中が明るくなる。


 ホタルは雑巾を絞り、窓の外を見た。灰色の雲が流れ、遠くの鉱山の影が揺れている。ここで暮らす人たちの息遣いが、屋敷に染み込んでいく。


 「明日も、続けよう」


 オックスが短く返した。

 「続ける」


 歌のリズムに乗ると、重い腕が少し軽くなった。ホタルは拭きながら、窓の外の鉱山道を眺める。働く人の背中が遠くに見える。灰にまみれた手で道具を持ち、夕方になると小さな店に集まって湯気の立つ酒を飲む。町は厳しいけれど、孤独じゃない。


 子どもたちは歌を勝手に増やした。

 「ひと拭き、ふた拭き、隊長転ぶ」

 「みっ拭き、よっ拭き、隊長怒る」


 「誰が転ぶ!」

 オックスが反論した瞬間、彼は本当に布で滑って尻もちをついた。


 「転んだー!」

 大合唱。


 オックスは真っ赤になりながらも、床の汚れを見て言った。

 「今のは……床が悪い」

 「床は笑ってるよ」

 ホタルが歌の文句を返すと、オックスは返事ができず、雑巾で床を磨き始めた。


 笑いながら掃除をすると、屋敷の空気が軽い。足音も軽い。悲しみが薄くなるわけじゃない。でも、上に別の音を重ねられる。そういう日があっていい。


 床板が小さくきしみ、子どもたちは顔を見合わせて笑った。


 オックスが腰をさすりしながら言った。「……床が悪い」 ホタルが笑って返す。「床は笑う」 短い言葉の代わりに、布の音が途切れず続いた。


 窓の外で鉱山の灯りが揺れ、合唱の声が混ざった。屋敷の中はまだ古いけれど、リズムの手順が一つ増えた気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ