第14話 歌う雑巾、マルゲンの工夫
昼。皆の手が止まりかけた。大掃除の翌日、腕は重いし、背中も痛い。子どもたちも雑巾を握ったまま座り込み、オックスは腰を叩き、ビジルは無言で呼吸を数える。
そんな中、マルゲンが口を開いた。
「歌を作る」
「……歌?」
「短いの。手が動くやつ」
彼は布を握り、一定のリズムで床を拭きながら歌い始めた。
「ひと拭き、ふた拭き、埃よさよなら」
「みっ拭き、よっ拭き、床が笑う」
子どもたちがすぐ真似をして合唱になった。音程はバラバラで、でも楽しい。オックスが最初は真顔で拭いていたのに、気づくと小さく口ずさんでいる。
「隊長、歌ってる!」
子どもが叫ぶと、オックスは顔をしかめた。
「歌ってない。呼吸だ」
「歌だよ!」
ビジルが咳払いし、わざとらしく言う。
「呼吸に歌は有効だ。……理屈はある」
「ほら、ビジルも歌え!」
子どもがビジルの手を引く。ビジルは一瞬固まり、でも拒まなかった。小さく息を吸い、歌の最後だけ口を動かした。
「……床が笑う」
それだけで子どもたちは大笑いした。
ホタルは歌の合間に言った。
「みんながいると、ここが怖くない。ありがとう」
誰かが照れて視線を泳がせた。オックスは耳を赤くし、ビジルは顔を背け、マルゲンは布を拭く手を少し速めた。
デニソンが頷いた。
「言葉が屋敷を治す」
廊下の足音が、ほんとうに拍手みたいに響いた。ぱた、ぱた、ぱた。子どもたちは足音に合わせて歌を強くし、屋敷の中が明るくなる。
ホタルは雑巾を絞り、窓の外を見た。灰色の雲が流れ、遠くの鉱山の影が揺れている。ここで暮らす人たちの息遣いが、屋敷に染み込んでいく。
「明日も、続けよう」
オックスが短く返した。
「続ける」
歌のリズムに乗ると、重い腕が少し軽くなった。ホタルは拭きながら、窓の外の鉱山道を眺める。働く人の背中が遠くに見える。灰にまみれた手で道具を持ち、夕方になると小さな店に集まって湯気の立つ酒を飲む。町は厳しいけれど、孤独じゃない。
子どもたちは歌を勝手に増やした。
「ひと拭き、ふた拭き、隊長転ぶ」
「みっ拭き、よっ拭き、隊長怒る」
「誰が転ぶ!」
オックスが反論した瞬間、彼は本当に布で滑って尻もちをついた。
「転んだー!」
大合唱。
オックスは真っ赤になりながらも、床の汚れを見て言った。
「今のは……床が悪い」
「床は笑ってるよ」
ホタルが歌の文句を返すと、オックスは返事ができず、雑巾で床を磨き始めた。
笑いながら掃除をすると、屋敷の空気が軽い。足音も軽い。悲しみが薄くなるわけじゃない。でも、上に別の音を重ねられる。そういう日があっていい。
床板が小さくきしみ、子どもたちは顔を見合わせて笑った。
オックスが腰をさすりしながら言った。「……床が悪い」 ホタルが笑って返す。「床は笑う」 短い言葉の代わりに、布の音が途切れず続いた。
窓の外で鉱山の灯りが揺れ、合唱の声が混ざった。屋敷の中はまだ古いけれど、リズムの手順が一つ増えた気がした。




