第13話 朝焼けの大掃除、ほこりの精霊がくしゃみする
夜明け前。窓を一斉に開けた。冷たい風が部屋を突き抜け、埃の匂いが外へ流れる。布団を叩く音、床を磨く音、子どもたちの笑い声。大掃除の朝は忙しい。
オックスは本気で走っていた。布団を担いで庭へ出し、叩き、戻って床を拭く。子どもが「オックス、顔が真っ赤!」と笑うと、「証明はいらない!」と返し、さらに拭く。
ビジルは窓際で呼吸を整え、風を操るように手を動かした。風が埃を集め、外へ追い出す。ムーンジェイドの欠片が、机の上で淡く光った。
そのときだった。床を磨いていたホタルの前で、埃がくるくる集まった。小さな塊になり、丸い顔と手足みたいな形ができる。
「……なに、あれ」
子どもが息を呑んだ。
埃の塊が、くしゃん、と大きなくしゃみをした。灰がぱっと舞い、皆の頭に降りかかる。
「うわぁ!」
子どもたちは大笑いし、埃の塊を追いかけた。埃の精霊は逃げるように廊下を転がり、またくしゃみをして灰を撒く。
「待て!」
オックスが本気の声で追いかけた。騎士団の隊長の走り方で。子どもたちはさらに笑い、ホタルは手順を切り替えた。
「窓を閉める前に、灰が落ちる場所を決めよう。桶をここ、布をここ」
マルゲンがうなずき、子どもに指示を出す。
「走るのは廊下だけ。曲がる前に止まる」
ビジルが呼吸を数え、風を一段強くした。埃の精霊はふわっと浮き、風に押されて窓の外へ出る。最後に、くしゃん、と小さく鳴いて、庭の土に溶けた。
子どもが拍手した。
「勝った!」
「追い出しただけだ」
ビジルが言うと、子どもが「勝ちだよ!」と叫ぶ。
ホタルは灰だらけの髪を払って笑った。
「今日も、助かった。ありがとう」
オックスが息を切らしながら頷き、ビジルは目を逸らした。マルゲンは布を畳み、デニソンは記録帳に何かを書き足した。
廊下の足音が、ぱたぱたと軽く鳴った。拍手みたいに。
埃の精霊が外へ出たあとも、子どもたちは興奮が冷めなかった。庭の土を指でつついて「ここにいる?」と聞き、返事がないと勝手に「いる!」と決める。
ビジルはため息をつきながらも、土の上に塩を少し撒いた。
「ここから屋敷へ戻らないように。……手順だ」
「優しい!」
子どもが叫ぶと、ビジルは顔を背けた。
「優しくない。掃除が増えるのが嫌なだけだ」
オックスは灰だらけの子どもの頬を拭き、指先で鼻先の灰を取った。
「くしゃみするなら、口を覆え」
「隊長も覆って!」
「……うるさい」
ホタルは笑いながら、洗面桶を用意し、全員の手と顔を洗わせた。水が冷たくても、湯気で温めた布がある。
「助かる……ほんとに」
ホタルが言うと、オックスは「当たり前」と返した。
その当たり前が、今は嬉しい。
床板が小さくきしみ、子どもたちは顔を見合わせて笑った。
オックスが手ぬぐいを配りしながら言った。「……口を覆え」 ホタルが笑って返す。「覆える」 言葉が少なくても、手元の動きが返事になった。
窓の外で鉱山の灯りが揺れ、布団を叩く音が混ざった。屋敷の中はまだ古いけれど、笑いながら拭くが一つ増えた気がした。




