第12話 図書室の密会、ほうきの柄が触れる
深夜。図書室の灯りだけが点いていた。ホタルは机に資料を広げ、椅子を二つ並べた。デニソンが先に来て、紙束を整える。
「謝るなら、短く。理由より先に言葉だよ」
「はい」
扉が静かに開き、ビジルが入ってきた。目の下の影は濃い。彼は椅子に座らず、机の端に立ったまま、呼吸を数えた。
ホタルは先に言った。
「昨日、追わなくてごめん。でも、今言う。図面がなかったら危ないところだった。子どもが怪我をせずに済んだ。助かった、ありがとう」
ビジルの肩が、ほんの少し下がった。
「……礼を言われるのは慣れてない」
「じゃあ、慣れてください。何回でも言う」
デニソンが小さく笑った。
「いいね、その言い方」
ビジルは視線を落とし、紙の端を指で揃えた。
「月の揺れは、ムーンジェイドに近いと強くなる。だから図書室に閉じこもると、余計に――」
「なら、閉じこもるのをやめよう。ここで一緒にやろう」
そのとき、扉がまた開いた。オックスがほうきを肩にかけたまま入ってきて、三人の空気が一瞬で詰まる。
「……何してる」
「密会じゃない」
ホタルが先回りして言うと、オックスが目を丸くした。
ビジルが低く言う。
「……その言い方、余計に怪しい」
「もう諦めた。子どもがそう言う」
オックスが椅子に座ろうとして、ほうきの柄が机にぶつかった。がたん、と音がして、三人同時に「ごめん」と言った。
沈黙。
次の瞬間、誰かが笑いを噛み殺した。ホタルだったのか、デニソンだったのか、ビジルだったのか。分からない。でも、その笑いで緊張がほどけた。
オックスが咳払いし、視線を泳がせる。
「……俺も、図面の読み方を教われるなら助かる」
「助かる、は便利な言葉だな」
ビジルがぼそりと言い、机に座った。
夜更けの図書室で、紙の音が重なった。外の足音は、今日は静かだった。まるで、聞き耳を立てるのをやめたみたいに。
机の上には、月光の間の前で使う道具が並んだ。布、塩、灯り、縄。デニソンが一つずつ説明し、マルゲンが手順を書き留める。
「子どもは入れない」
オックスが言うと、子どもたちが一斉に抗議した。
「なんで!」
「怖くない!」
ホタルは子どもたちの目を見て言った。
「怖くないふりはできる。でも、危ない場所は大人が先。代わりに、外で窓を拭いて待ってて」
子どもたちは渋々うなずき、でも「待つ係!」と自分たちの仕事に名前をつけて誇らしげになった。
オックスはその様子を見て、ぽつりと言った。
「君は、人を動かすのが上手い」
「上手いんじゃない。約束を作るの」
「……約束」
ビジルが呼吸を数えながら、机の角を整えた。
「約束があると、月の揺れが小さくなる。……俺は、そう感じる」
四人の手が同じ机の上で動き、紙の音が重なる。密会と呼ばれても仕方ないほど、ここだけ温度が違った。
オックスがほうきの柄で図面を指ししながら言った。「……助かる」 ホタルが笑って返す。「何回でも言う」 言葉は短いのに、手は止まらない。
子どもたちはほうきの柄を見つけて「ほうき先生!」と騒いだ。ホタルが手を出して止めると、皆がいったん立ち止まり、順番に触った。廊下の足音が一歩だけ鳴って、まるで「そうそう」と言うみたいだった。
窓の外で鉱山の灯りが揺れ、紙の擦れる音が混ざった。屋敷の中はまだ古いけれど、一緒に学ぶ机が一つ増えた気がした。




