余波編:江戸炎上 黒幕の影
炎上する江戸の町を見下ろす高楼。
その奥深くに、蒸気と歯車の唸りがこだまする異形の広間があった。
天井には巨大な歯車が噛み合い、壁には無数の管が脈打つように蒸気を吐き出す。
そこは──**「歯車組織」**の密議の場である。
円卓に並ぶ影。
仮面をつけた男、黒衣の女、鋼の義肢を誇示する兵……それぞれが「幹部」と呼ばれる存在だった。
「……黒鴉の小僧が、縫次郎に捕縛されたと聞くが?」
鉄面皮の男が問いかける。
「しかし最後に漏らしたのは、翁の御名。つまり“歯車翁”を口にした、と」
女が細い笑みを浮かべる。
「くくく……面白い。己の苦痛と涙の中で翁を口走るとはな。あの小僧は実に“良い歯車”よ」
鋼の義肢を軋ませながら、獣のような声が響いた。
やがて広間の奥、蒸気の幕を裂いて──
一人の老人が現れた。
背を曲げ、杖代わりの巨大なスパナを突き立て、顔には無数の歯車を嵌め込んだ仮面。
その存在こそが、組織の首魁。
「……歯車翁」
幹部たちが一斉に頭を垂れる。
翁は低く、乾いた声を響かせた。
「江戸はまだ序章に過ぎぬ。縫次郎……その男、ただの浪人ではないな。
いずれ大いなる“機構”を廻す軸となるやもしれぬ」
「では──抹殺を?」
幹部のひとりが問う。
翁はゆるりと首を振った。
「否。駒は多いほどよい。使える者は使い潰せばいい。
ただし……その男が泣き叫ぶ瞬間だけは、我が目で見届けたいものよ」
広間を満たす不気味な笑い声。
歯車が軋み、蒸気が唸る。
江戸の炎はまだ消えていない。
そして、黒幕たちの暗躍は──確実に動き始めていた。
──そして物語は、次回へ続く。