余波編:江戸炎上 詰所炎上
──炎の夜。
詰所を襲った蒸気兵の余波は、江戸の町へと雪崩れ込んだ。
白煙と炎に包まれた大通りを、市民たちが必死に逃げ惑う。
「火事だぁッ! 助けてくれええ!」
「子どもが、まだ家の中に──!」
瓦屋根が崩れ、火の粉が夜空に舞い上がる。
その隙間から現れたのは、鉄の仮面をつけた異形の兵たち。
人の声を模した、機械の咆哮が響く。
「……やりやがったな」
縫次郎は血に濡れた腕を押さえ、刀を構え直した。
背後には気を失った少年を守るようにお結が立ち、お蘭は扇子を握りしめて前へと出る。
「市民が狙われてる……! 止めないと!」
「フン、地獄絵図を見せつけるつもりか。ならば──こっちも火遊びの極意を見せてやろうじゃない」
炎を背負い、二人の女が左右から駆ける。
お結の投網が蒸気兵を絡め取り、必死に食いしばる腕に血管が浮き上がる。
お蘭の仕込み火薬が爆ぜ、紅蓮の炎が敵を呑み込み、鉄と肉片を四散させた。
だが──。
「ギギ……ギャアアアア!」
崩れ落ちるはずの蒸気兵の残骸が、這いずるように起き上がり、炎の中で再び歩み始める。
歯車の駆動音が、不気味に夜空を震わせた。
「馬鹿な……壊したはずだろ……!」
縫次郎の顔に戦慄が走る。
その時、炎に照らされる楼上に、ひとつの影が現れた。
長い杖を携え、歯車を模した仮面をつけた巨影。
「──歯車は、永劫に廻る」
低く響く声が、燃え盛る町を覆った。
市民の悲鳴、炎の轟音、蒸気の唸り──すべてを押し潰す威圧。
縫次郎は刀を握り締め、少年を庇うように立ちはだかった。
お結の頬は涙で濡れ、お蘭は扇子を震わせながらも笑みを崩さない。
江戸は燃え、闇は深まり、黒幕の影がついにその姿を現し始める。
──そして物語は、次回へ続く。