表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/32

奉行所の影

雷撃の夜から数日。

 江戸の町では《煙突小僧》の騒動が、まるで怪談のように語られていた。

 ──だが真相を知るのは、ごくわずか。

 下っ引き・火ノ川縫次郎と、鉄の同心だけである。


 「おう、縫次郎! 南町奉行所からお呼びだとよ」

 仲間の声に背中を押され、縫次郎は重い足取りで奉行所へ向かった。


 木戸をくぐれば、畳敷きの広間には張りつめた空気。

 その中央に座すのは──南町奉行・榊原主膳正。

 切れ長の目、白髪交じりの髷、黒衣の裃姿。

 威圧感は蒸気の唸りよりも重かった。


 「火ノ川縫次郎、ならびに……鉄の同心よ」

 低い声が、座敷に響く。

 「貴様らが町を救ったという話は聞いた。だが同時に、幕府の規律を乱したとも聞いておる」


 縫次郎は唇を噛む。

 鉄の同心は隣で無言のまま、青白い瞳を伏せていた。

 ──廃棄を言い渡されるのは、時間の問題。


 「鉄の同心は、欠陥品。暴走すれば江戸を焼き尽くすやもしれぬ。

 よって……廃棄処分と致す」


 広間がざわつく。

 「ま、待ってください!」

 声を上げたのは、お結だった。奉行所の奥に連れてこられていたのだ。

 「この同心は、人を守りました! 命を懸けて! それを……廃棄なんて!」


 「ふふ……幕府って冷たいのねぇ」

 紅蓮お蘭は扇子を開き、挑発するように微笑む。

 「男たちの面子一つで、人を切り捨てる。──だからこそ、私たち女が惚れるのは無茶な男ばかりなのかしら」


 奉行は眉をひそめたが、返す言葉を発する前に──


 轟、と。

 奉行所の屋根が爆ぜた。

 瓦が宙を舞い、蒸気の霧が広間に流れ込む。


 「敵襲ッ!」


 現れたのは黒装束の群れ。

 腕に仕込んだパイプから白煙を撒き散らし、歯車仕掛けの爪を光らせる。

 ──蒸気兵スチーム・アサシン

 黒幕に雇われた刺客である。


 奉行所の役人たちは大混乱。

 その中、縫次郎は一歩前に出た。

 彼の瞳が青白く光る。

 「……見える。歯車の縫い目が──!」


 縫次郎の眼は、敵の機構の綻びを正確に捉える。

 「鉄の同心! 俺が縫い目を示す、叩けぇッ!」


 鉄の同心が唸りを上げ、蒸気の噴出と共に拳を振り下ろす。

 歯車の芯を打ち砕かれた蒸気兵は、白煙を吐いて崩れ落ちた。


 次々と倒れていく刺客たち。

 縫次郎と鉄の同心の連携は、もはや人と機械を超えた“相棒”のそれだった。


 やがて静けさが戻る。

 南町奉行はしばし沈黙したのち、低く告げた。

 「……この働き、将軍家の耳にも届くであろう」


 縫次郎は膝をつき、深く息を吐く。

 その背後で──

 烏の装束を纏った影が、路地裏から月を仰いでいた。


 「報告します。計画は順調。江戸は歯車の檻に沈みます」


 その声は風に消え、江戸の夜に不吉な余韻を残した。


 ──そして物語は、次回へ続く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ