江戸に咲く二つの華
雷撃の騒乱から一夜。
江戸の町にはまだ焦げた匂いが漂っていた。
下っ引き・火ノ川縫次郎は、薬草の香り満ちる茶屋の一角で、幼なじみのお結に肩口を手当てされている。
「まったく……また無茶して」
お結は栗色の髪を後ろで結い、凛とした瞳で縫次郎を睨んだ。白い頬には小さなそばかす。地味な小紋姿ながら、町娘らしい健康的な可憐さが光っていた。
「い、痛てて……お結、もうちょっと優しく……」
縫次郎は黒髪を乱し、片頬に絆創膏を貼ったまま苦笑する。その瞳だけが、昨夜“縫い目のコード”を見た余韻を残し、不思議な光を宿していた。
格子戸の向こうから、艶やかな声が差し込んでくる。
「ふふ……仲睦まじいことねぇ」
紅蓮お蘭。
黒髪を流し、紅を差した唇。緋色の着物に金の簪を揺らすその姿は、かつて江戸一と謳われた花魁の名残を今も漂わせていた。
「お、お蘭さん! からかわないでください!」
お結が頬をぷいと膨らませる。
「からかってなんてないわ。ただ……この子がどっちを選ぶのか、気になって仕方ないだけ」
お蘭は扇子の影から、縫次郎を見つめて笑った。
──幼なじみの清楚さか。
──元花魁の妖艶さか。
挟まれる縫次郎はただ汗を垂らすしかなかった。
その後、三人は湯屋に移り、しばし戦いの疲れを癒やしていた。
「湯加減、どうです? 縫次郎さん」
白い手で桶を運ぶお結。素朴な和装に桜色の簪が映える。清楚そのものの幼なじみ。
「ふふ、悪くないわね。……まるで夫婦のようで」
襖に凭れ、色気たっぷりに笑うお蘭。紅の小袖をはだけ気味に羽織り、夜の灯のように艶やかな髪を揺らす。
「お、お蘭さん! 余計なことを言わないで!」
「余計? ふふ……あなたこそ、この子のどこを一番好きなのか、気になるわ」
真っ赤になるお結。にやにや笑うお蘭。
その狭間で、縫次郎は湯に沈みかけていた。
だが彼の胸の奥には確かに燃えるものがある。
──お結の真っ直ぐな眼差し。
──お蘭の艶やかな微笑。
どちらも、江戸を生き抜く縫次郎にとって、かけがえのない支えだった。
……その時。湯屋の外を黒い影がすうっと過ぎる。
提灯の灯に照らされたのは、烏のような装束の影。
「……報告します。下っ引きと鉄の同心、連携を確認。次の段階へ──」
誰も知らぬところで、黒幕の歯車は音を立て始めていた。
そして物語は──次回へ続く。