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縫次郎(ぬいじろう)と二人の彼女

雷撃の騒動から一夜明けた江戸の町。

下っ引き・火ノ川縫次郎は、幼なじみのお結に手当てを受けながら、昨夜の出来事を思い返していた。


「まったく縫次郎さん、また無茶をして……。あんたの身体は鉄じゃないんですからね!」


お結は真剣な顔で薬を塗りつつ、頬をぷいと膨らませる。

一方で、そんな二人のやりとりを、茶屋の格子戸から見て笑う女がひとり。


「あらあら、相変わらず仲睦まじいこと。……ふふ、可愛いものね」


紅蓮お蘭。かつては花魁、今は情報屋。

その瞳は艶やかに光り、縫次郎をからかうように見つめていた。


お結は顔を赤くし、思わず声を荒げる。


「お、お蘭さん! 邪魔しないでください!」

「邪魔だなんて。私はただ、この子を心配しているだけよ。ねぇ、縫次郎?」


挟まれる縫次郎はたじたじ。

その時、背後の路地から、あの青白い光を宿した瞳が彼らをじっと見つめていた。

──鉄の同心。

人間と機械、そして二人の彼女。

縫次郎の江戸サイバー捕物帳は、ますます騒がしく幕を開ける。


路地の奥で、蒸気の吐息が白く揺れた。

鉄の同心は昨夜の雷撃で片膝を損じ、動作はぎこちない。

背の排気口からは不規則な音が漏れ、火花が散っている。


「……やっぱり壊れてるじゃねえか」

縫次郎は思わず呟いた。


お結が心配そうに近づこうとするが、お蘭が腕を伸ばして制した。

「近づかないほうがいいわよ。あれは人を守る機械でも、時に人を斬る機械でもあるんだから」


鉄の同心が首をぎぎ、と回し、無機質な声を発した。

「制御不能……補助コード要求……」


縫次郎の瞳に、淡い光がまた走った。

鉄の同心の胸部に、他人には見えない“縫い目のようなコード列”が浮かんでいる。

「……見える。昨日と同じだ」


彼は深く息を吸い込み、十手を握り直すと、お結とお蘭を振り返った。

「おっかぁ……俺にしかできねぇことがある。ちょっと試させてくれ」


お結は唇を噛みしめ、強く頷いた。

「……無茶はしないでください」


お蘭は口元に笑みを浮かべた。

「ふふ、男の顔になったじゃない。いいわ、見せてもらいましょうか──縫う力を」


縫次郎は鉄の同心に近づき、瞳に映る“切れた糸”を探した。

コードは雷撃で断線し、火花を散らしている。

彼は心の中で糸を紡ぐように指先を動かし、意識を集中させた。


──カチリ。


見えない針が走り、断ち切れた回路を縫い合わせる。

次の瞬間、鉄の同心の蒸気音が落ち着き、青白い眼光がふたたび灯った。


「再起動完了。……補助者、火ノ川縫次郎──登録」


「な、なんだって……!?」

縫次郎の背に冷や汗が流れる。


お結は目を丸くし、お蘭は艶やかに笑う。

「まぁ……これは面白くなりそうね。下っ引きと鉄の同心のバディ捕物、か」


縫次郎は戸惑いながらも、胸の奥で熱を感じていた。

──もしかすると、自分の役目はこれかもしれない。

人と機械を縫い合わせる、この“縫い目の眼”で。


その時、遠くでまた蒸気の爆音と悲鳴が上がった。

「怪盗《煙突小僧》再出現!」

「雷撃だ、逃げろぉ!」


江戸の夜が再びざわめく。

縫次郎は十手を握りしめ、鉄の同心と共に闇へと走り出した──。


再び夜空を切り裂く爆音。

黒い影が煙突の間を飛び移り、背中から雷光を散らしていた。

怪盗《煙突小僧》──禁制兵器を背負い、江戸を翻弄する男だ。


「昨夜の続きだぜぇ! ブリキ同心と子供下っ引きが、俺を止められるかよ!」


稲妻が走り、瓦屋根を焦がす。

提灯が一斉に吹き飛び、町人たちは悲鳴を上げて逃げ惑った。


鉄の同心が無機質な声を響かせる。

「対象確認──捕縛継続」

背中の排気口から蒸気が噴き出し、青白い眼光が夜を切り裂く。


「行くぞ、相棒!」

縫次郎は十手を構え、屋根に飛び出した。

瞳に浮かぶ“縫い目のコード”が閃光に照らされ、彼だけが見える回路が煌めく。


怪盗の背から迸る雷撃。

鉄の同心が腕を盾にして受け止めるが、関節部が火花を散らす。

「回路損傷──補修要求」


「任せろ!」

縫次郎の眼が光り、断ち切れた線を“縫い直す”。

瞬間、鉄の同心が再び動き出し、鋼の拳を瓦屋根に叩きつけて跳躍した。


ドォン!

屋根瓦が粉砕され、衝撃波が街路を揺るがす。

蒸気をまとった鉄の影が《煙突小僧》に迫った。


「チッ……面倒くせぇ!」

怪盗が背の兵器を展開する。

導線がのたうち、宙に雷の網を広げる。

江戸の夜空が、電撃の蜘蛛の巣に変わった。


「下手に動きゃ、まとめて黒焦げだぜ!」


縫次郎の心臓が跳ねる。

だが彼の眼は、雷撃の網に隠された一本の“縫い目”を見抜いていた。

そこを繋ぎ替えれば、兵器は自ら逆流を起こす。


「鉄の同心! 俺が導く! 突っ込めぇぇぇっ!」


青白い眼が応えた。

「指令承認──突撃開始」


雷光が炸裂する夜空へ、

人と機械の凸凹コンビが飛び込んだ──!


雷撃の網が、江戸の夜空を覆った。

屋根瓦は爆ぜ、提灯は焼き落ち、町人たちの悲鳴が木霊する。

電光の蜘蛛の巣に閉じ込められた縫次郎と鉄の同心。

まさに絶体絶命。


「これで終わりだァッ!」

怪盗《煙突小僧》が高らかに笑い、背の兵器をうならせた。


だが──縫次郎の眼は冷静だった。

雷撃の網に一本だけ、淡い光の“縫い目”が走っている。

そこが繋ぎ直しの要。

「……見えた!」


彼は十手を握りしめ、屋根を蹴った。

「鉄の同心! 俺が道を縫う! 突っ込めぇっ!」


「指令承認──突撃開始」

鋼の体が蒸気を噴き上げ、雷撃の檻へ飛び込む。


縫次郎の瞳が光り、宙を走るコードを“針と糸”で縫うように結んでいく。

ブチ、ブチ、と回路が組み替わり──

次の瞬間、雷撃は逆流し、《煙突小僧》の背の兵器に跳ね返った!


「なっ、バカなぁぁぁぁっ!」


轟音と閃光。

背の禁制兵器が爆ぜ、怪盗は屋根から叩き落とされた。

地面に転がりながらも、必死に煙幕を放ち、姿を掻き消す。


「チッ……覚えてやがれぇ!」

怒声とともに闇に消えた。


残されたのは、雷光の余韻と蒸気の煙。

そして──勝利の手応え。


縫次郎は膝をつき、肩で息をしながら鉄の同心を見上げた。

「……やったのか?」


青白い瞳が一度だけ点滅し、無機質な声が返る。

「補助者──火ノ川縫次郎。共同戦闘、成功」


お結が駆け寄り、縫次郎の腕を掴む。

「本当に、無茶ばっかりして……でも、ありがとう」

お蘭は扇子で口元を隠し、艶やかに笑った。

「ふふ……下っ引きにしちゃ、大した男じゃないの」


縫次郎は顔を赤らめながらも、胸の奥で燃えるものを感じていた。

──これが、自分の“役目”だ。

人と機械を縫い合わせ、江戸を守ること。


そして彼は知らなかった。

《煙突小僧》の背後には、さらに巨大な黒幕が潜んでいることを──。


闇の奥、煙の向こう。

灯りに照らされぬ座敷で、誰かが静かに笑んでいた。

「ふふ……糸は繋がった。次は──江戸ごと縫い潰す番よ」


そして物語は──次回へ続く。

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