表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/32

御用改め、鉄の同心

天保一九五年。

この国はいまだ鎖国を続けている。……表向きは、だ。


だが実際の江戸を歩けばすぐに分かる。

空を見上げれば、**蒸気で浮かぶ駕籠スチーム・カゴ**が行き交い、町人たちはそれをまるで人力車のように気軽に使っている。


どうしてそんな物があるのか?

理由は簡単。天保幕府が、異国の技術をこっそり解析して、自分たちなりに魔改造してしまったのだ。


夜になれば、石畳を軋ませて歩いてくるのは──鉄の同心。

**機巧人形に蒸気機関と算術機械を組み込んだ“ロボット同心”**が、無表情に街を見回り、悪党を睨みつける。


街の光景は奇妙だ。

提灯の柔らかな明かりと、異国渡りのネオンが並び立ち、瓦屋根の上には金属の管や導線がびっしり。

空はいつも煤煙と蒸気で曇り、聞こえてくるのは三味線の音と、歯車の軋む金属音。


江戸情緒はそのままに──しかしここは、まぎれもなくサイバーパンク江戸である。



夜の江戸──。

石畳に灯るのは、提灯の朱と、異国渡りのネオン。

瓦屋根の上には管と導線が這い、三味線の音に歯車の軋みが重なる。


その闇を裂いたのは、空を飛ぶ蒸気駕籠の影だった。

ゴウン、ゴウンと鉄の羽音を響かせながら、町人を乗せた駕籠が長屋の屋根すれすれに滑り込む。

子どもが指を差して叫んだ。


「おっかあ、また空飛ぶ駕籠だぁ!」


その賑わいを遮るように、ズシリと石畳を踏む重い足音。

カン、カン、と鉄の下駄が響いた。


「御用改めである──」


青白い光を宿した瞳が、闇の中でぎらりと光る。

現れたのは、人の形をした機巧人形。

胸には徳川の葵紋、背には蒸気を吐く排気口。

──鉄の同心。


逃げ惑う人波の中で、一人の若い下っ引きが声を上げた。


「お、お頭! あいつですぜ、怪盗《煙突小僧》!」


その指差す先、屋根の上を黒い影が駆けていく。

背中には異国の導線を束ねた奇妙な荷物。

赤いネオンの光を浴びながら、煙突の間を縫うように走っていた。


鉄の同心が首をぎこちなく巡らせ、無機質な声を発した。


「目標確認──逃走者、捕縛対象」


次の瞬間、背中の蒸気口が轟音を上げ、鋼の体が宙を跳んだ。

鉄の影が夜空を裂き、屋根瓦を砕きながら追撃する。


町人たちは口をぽかんと開け、下っ引きの若者だけが震える手で十手を握りしめた。


「くそっ……こんなの、人間の捕物じゃねえ……」


それでも彼は足を踏み出した。

なぜなら──彼だけが、鉄の同心を制御する「謎の文字列コード」を読み取れる目を持っていたからだ。


瓦屋根を蹴り、怪盗《煙突小僧》が飛んだ。

背の荷物からは導線がのたうち、電光が迸る。

「ヒャッハァ! 捕まえられるもんなら捕まえてみな!」

その声が夜空に響いた瞬間──


ドォンッ!!


背から噴き上がる蒸気、鉄の同心が瓦屋根ごと跳躍した。

石の如き重量が瓦を砕き、衝撃波で提灯の火が揺らぐ。

青白い光を放つ眼が、逃げる怪盗を正確に捕捉する。


「対象追跡──逃走経路、屋根上──制圧開始」


ガシャリと腕が変形し、鋼の鎖が唸りを上げて射出された。

しかし《煙突小僧》は俊敏だった。

導線を巻きつけて電流を走らせ、鎖を焼き切る。


「おっと! お役所のブリキ玩具じゃ、俺様は捕まえられねぇ!」


火花が散り、瓦が砕け、蒸気と煤煙が入り乱れる。

見物していた町人たちは悲鳴を上げ、路地に逃げ込んだ。


その混乱の中、下っ引きの若者は十手を手に歯を食いしばる。

「……やるしかねぇ!」

彼の眼に、誰にも見えぬ淡い光の文字列が浮かび上がっていた。

鉄の同心の制御コード。

蒸気と歯車の奥で、命令の走る“見えざる回路”が読めるのは、この男ただ一人。


「御用改めぇぇぇっ!」


彼は十手を振り上げ、瓦屋根に飛び出した。

その叫びは、蒸気の轟きと三味線の調べに混じりながら、江戸の夜空を震わせた──。


瓦屋根を駆ける怪盗《煙突小僧》。

その後を鉄の同心が追い、蒸気と火花が夜空に散る。


「対象追跡──鎮圧開始」

ガシャン、と鉄の腕が変形し、鋼の鎖が放たれた。


だが怪盗は素早く導線を巻きつけ、火花を散らして焼き切る。

「はっはァ! ブリキの玩具にゃ、俺様は捕まえられねえ!」


鉄の同心の動きが一瞬、止まった。

回路が過負荷を起こし、制御不能の警告が走る。

そのとき──若き下っ引きの瞳が淡く光った。


彼の目には、誰にも見えない文字列が走っていた。

歯車と蒸気の奥に潜む、制御コード。

彼は直感的に理解した。

「……こいつの回路を、読める!」


十手を振り上げ、屋根から飛び出す。

「御用改めぇぇぇっ!」

その声に呼応するように、鉄の同心が再起動した。

青白い光を宿す眼が、怪盗を正確に捉える。


人間と機械──思いがけぬ共闘が、そこに成立した。

「対象捕縛、開始」

鉄の同心の声が、低く、力強く響く。


だが次の瞬間。

怪盗《煙突小僧》が背負った荷物から、異様な光があふれた。

「……見せてやるよ、異国の“禁制兵器”ってヤツをなァ!」


眩い閃光とともに、瓦屋根を貫く雷撃が走る。

蒸気駕籠が爆ぜ、提灯が次々と吹き飛んだ。

町人たちの悲鳴、鉄の同心の軋む音、そして下っ引きの息を呑む声。


夜空を裂く轟音が、江戸を揺るがす。

そして物語は──次回へ続く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ