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三題噺もどき4

独白‐4

作者: 狐彪

三題噺もどき―ろっぴゃくはちじゅう。

 




 ベランダを見やると、今日も飽きずに夕日を眺めているご主人がいる。

 煙草の煙を吐き出しながら、他の色々も吐き出しているんだろうか。

 あの人の考えていることは分かりやすいが、分からないことだってもちろんある。

「……」

 もう気温は高くなっているとはいえ、半袖短パンでベランダに出るのはいかがなものか。冷えはしないかもしれないが、辞めて欲しいと思う。

 風邪をひいたら、世話をするのはこちらなのだ……別にそれ自体は仕方ないで割り切るが、本人が困るだろうに。

「……」

 手元では朝食の準備を進めている。

 今日は食パンとスープとサラダである。

 ご主人は、朝はご飯派ではあるのだが、いかんせん最近は値段が上がっているのだ。そう簡単に買おうと出来ない。

 切り詰めるほど困っているわけでもないが、万が一に備えてと言うのはある。削れるときに削っておくのがいいだろうと、節約しているのだ。

「……」

 サラダ用の野菜を切り皿に盛りながら、鍋を火にかけていく。

 ある程度の準備はすでに終わっているので、あとはスープを作ってパンを焼くだけだ。

 パンは、ご主人が風呂から上がったあたりで焼き始めるので置いておく。

 あの人は髪を乾かさずに来るから、それが終わってからだな。

「……」

 ふと、そのご主人をもう一度見ると。

 視線を下に下げ、明らかに一点を見つめていることがわかるくらいに、じぃとかたくなに動かないでいる。

 手に持っている煙草が、少しずつ減っているのに頓着せずに。その先からこぼれる煙が夕日に溶ける事にも気づかずに。

「……」

 先日、いきなりあの手に持っている煙草を燃やした人間だろう。

 あれ以降、何かをしてくることはないようだが、毎日睨みを利かしてくるらしい。

 むしろ動きがあった方がこちらから手が出しやすいことは分かっているし、あまり大事にしたくないのだろうから放っているのだろうけど。

「……」

 気分のいいものではない。

 あの人が、そういうモノを近づけまいとしてくるのも気に食わない。

 一応、従者という立場にあるのだから、守られるべきはあちらで、守るべきはこちらなのだ。

 どうして……とは言わないが。こちらが気づいてないわけではないと分かっているはずだ。

 何かの焦げた匂いがした時だって、何でもないと言って。

「……」

 この日常が壊れるのが怖いのだろう。

 また、誰かを何かを失うかもしれないというのが怖いのだろう。

 さよならだけが人生だなんて、誰があの人に教えたんだろう。

 そればかりではないと、分かっているはずなのに、どうして何もかも1人で抱えるのだろう。かくしごとはへたくそな癖に。

「……」

 少し前の小さな喧嘩も、そういうのが事の発端だった。

 その日、たまたま買い物の帰りにポストを見たのだ。そこには、どこか既視感のある手紙と、薔薇の刻印が押されたものがあった。見るからに、というやつではあったし、たまに焦げた匂いがしたのはこれを燃やしていたのかと合点がいった。しかしどうしたものかと頭をひねろうとした矢先に、いつの間にそこにいたのかご主人が立っていて、手に持っていた手紙を抜き取り、見もせずに燃やした。

 それ自体は別に何ともないのだ。燃やすくらい。しかしその手紙には明らかに別の呪いがかかっていて、燃やした本人に反動が来るようになっていた。大したものではないのは確かだが、それでも軽いやけどくらいはしていた。気にするな―と手をひらひらとさせていたが、そう見過ごせるものでもなかった。本来ならば、その呪いは従者に押し付けるべきものだ。主人がわざわざ奪ってまで受けるものではない。燃やすくらいこちらにだって出来る。

 ―どうやら、先月に焦げた匂いがした時の手紙の主とは関係ないらしいが、そういう問題ではない。そちらは、睨んでくる人間との関わりがあるようだが。

「……」

 部屋に戻り、念の為に手当てをしながら、小さな喧嘩をしたのだ。

 気づけばせっかく焼いて丁度いいくらいの温かさになっていたクッキーが、冷たい氷のようになっていた。

「……」

 何もかもを1人で抱えて、全部ひとりでどうにかしようとして、それなら私はいりませんね。

 なんて。

 一番言ってはいけないことを口走ってしまったのだ。

 それからはお互い無言で、あの人を顔を見ることができなかった。

「……」

 翌朝には、なんとか落ち着きを取り戻したけれど。

 申し訳ないことをしたと、思った。

 守るべき人を、傷つけてしまったと、思った。

 それでも、この人は1人で何とかしようとするのだろうと、思った。

 ―だから、これ以上傷つかぬよう、この日常を守ろうと、心の底から思った。


 ガチャン―


「……ぁ」

 ベランダの鍵を閉めていたのだった。

 これも、1つの日常である。




「お前はほんとによく飽きないよな」

「そんなことないですよ、昨日は閉めてないでしょう」

「それは……まぁ、」

「……」

「……」

「……早くシャワーを浴びてきてください」










 お題:「さよならだけが人生だ」・薔薇・クッキー


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