35. 三度目の転生
断絶していた意識が戻り、三度目の転生に成功したことを知った。ファルシファルに不意打ち的に転生させられてしまったことを理解すると、無性に腹が立った。せめて一言でもミレアと言葉を交わしたかったのに。いやよく考えると、あんな不気味な姿で再会しなくてよかったかもしれない。万が一でもミレアに怖がられたり嫌がられたりすれば、俺は立ち直れなかっただろうから。
それにしても、ここはいったいどこなんだ。辺り一面が背の高い草に囲まれていて、強い獣臭がする。こんな動物の巣みたいな場所で、俺は何をしているんだ。意識が宿ってからそれほど時間が経っていないのに、親の姿すら見えないというのも何かおかしい。
だが、そんなことはどうでもいい気がしてきた。突如として思考を上書きするほどの強烈な空腹感に襲われ、何かを食べなければならないという義務感で支配されてしまった。
鼻腔が刺激される。獲物の匂い。それに音も。コソコソと小さな何かが動き回っているようだ。近い。駆け出す。気配が強くなった。足が速まる。見つけた。獲物はこちらに気づいていない。低い姿勢で距離を詰める。遠くから誰かの声。獲物が驚いて走り出す。追いかける。草むらを抜けた。太陽。眩しい。
「あ、猫ちゃん!」
「なんだって⁉ ぜってえ捕まえてやる!」
「え、かわいそうだよー」
「今は非常事態だ。少しでも食い物は多い方がいい」
聞き覚えのある声。一時的に食欲も忘れ、足を止めてしまった。獲物が遠くへ逃げていくのを見送る。すると、いきなり身体が宙に浮いた。抱き上げられたのだ。
「うおっ、暴れるんじゃねえ!」
必死の抵抗も空しく、地面に押さえつけられてしまった。強靭な指が喉に食い込んでくる。息ができない。あっという間に、俺は気を失った。
目覚めると、すでに夕方になっていた。地面に横たえられているようだ。赤ん坊にこんな仕打ちをするとは、俺は野蛮人の一族に転生してしまったらしい。もしかすると俺が転生前に文明を破壊したせいで、人類は蛮族へと堕ちてしまったのだろうか。だとしたら、俺が救世主として人類を導いてやらなければ。
そう覚悟を新たにしたとき、我が目を疑う光景が目に入った。煌々と燃える焚き火を背にして、二人の人間が立っている。それはどう見ても、ミレアとエドだった。ミレアはともかく、エドは死んだはず。ここは死後の世界だとでもいうのか。
とにかく二人と話をしないと始まらない。だが声を掛けようにも、喉からは笛のように細い高音しか出なかった。そうだ。自分が生まれたてなのを忘れていた。まともな声を出せるわけがない。
しかし意外なことに、二人は今の声にならない声を聞き届けてくれたようだ。こっちに近づいてくる。俺からも近寄ろうとすると、首元がぐいっと後ろに引かれた。首輪だ。地面に杭が打たれ、そこに括りつけられた縄が俺の首に巻かれている。
なんでこんなことをするんだ。助けてくれ。そう叫びたくても、甲高い耳障りな音が漏れるだけだった。
「お前は今日のメインだからな。出番はもう少し後だ」
「もうエド、そんな言い方やめてよ。私たちの再会を祝うためっていうのは口実で、実際は自分が猫を食べたいだけなんじゃないの?」
「まあ、それもあるけどさ」
「ほらあ」
ミレアは呆れたように笑った。二人の会話はしっかりと聞こえているのに、その意味がちっともわからなかった。これではまるで、俺が猫であるような話しぶりではないか。
いや、待て。ここまで疑問はたくさんあった。背の高い草。理性的思考を上回る食欲。赤ん坊のはずなのに、草むらを走り回っていたこと。首輪をされていること。他にもあるが、俺はそれら一切を意識的に無視していた。頭のどこかでは、自分の状態を認識していたのにもかかわらず。
俺はファルシファルの手によって、猫に転生していた。身体はすでに成長しきっており、明らかに仔猫ではない。猫の肉体に人間の魂が適応するのに時間がかかり、俺の意識が目覚める前に猫が成長してしまったのだろう。
ここまでのことを認識すると、頭の中で声が響いた。ファルシファルだ。
『転生させるとは言ったが、人に転生させるとは言っていなかったからな。それにお前が文明を破壊したせいで、人類は封印人類を除いて絶滅してしまっていた。要するに、お前の魂の器が存在しなかったわけだ』
念話で応えてやろうとしたが、魔法が使えなかった。猫なのだから仕方ない。
『いや、念話は使えなくとも構わない。頭の中で思ったなら、私が読み取ってやる』
それでは、今までも考えを読まれていたということか。
『無論だ』
その回答にファルシファルへの怒りが湧き上がるが、それは後回しだ。今はいくつかの疑問を解消したい。
まず、なぜエドが生きているのか。
『エドは魔族の一撃を食らったが、死んでいなかった。それだけだ。――ふむ、エドはぐしゃぐしゃに潰れていたじゃないかって? おい、お前も前世では人類最強の魔法使いだったんだからわかるだろう。あの程度の傷、魔法があればすぐに治せる。誰が治したかって……少しくらい想像力を働かせてみろ』
沈黙が訪れた。この間に考えてみろ、ということだろう。しかし、猫の頭ではわからなかった。
『森猿どもがあの魔族を殺しに出向いた際にエドを見つけ、やつらがその場で治した。これが答えだ』
なるほど、筋は通っている。だが、エドが歳を取っていないのはなぜか。あれから二百年以上が経っているではないか。
『エドは四男とともに封印された人類の一人だ。そしてこの余興を演ずるため、私が他の者よりも先に目覚めさせておいた。ついでに教えておくと、ミレアは目覚めたときに再度封印し、昨日地上に送ったばかりだ』
趣味が悪すぎる、と悪態を吐いたつもりだったが、実際にはニャーンと鳴き声がしただけだった。