ある少年の話Ⅸ
エルフの王は、中央の巨木を城のように使っているのだという。謁見の間もその巨木の中にあり、今はその扉の前にいる。このように大穴を開けても青々と葉を生い茂らせているのだから、この巨木の生命力には驚かされる。
謎のエルフ――名はネアスというらしい――とともに、謁見の時が来るのを待つ。
「安心しろ。陛下は人間の王のように狭量ではない。そう硬くなるな」
そもそも人間の王に会ったことすらないのだから、エルフの王が狭量だとか判断する術はない。むしろこんな森の奥にある国を建てている時点で、排他的な性格をしている気がする。などと思ったことを口に出せるわけもなく、俺はぎこちなく頷き返すだけだった。
そして数分後、衛兵二人の手によって扉が開かれた。
「よく来たな! こっち来いよ!」
これはエルフの王の第一声である。狭量だとか判断する術はない、という前言を撤回しよう。これは明らかに、人間の王よりも狭量ではない。いくら何でも寛容すぎる。
「ほら、早く行けよ」
驚きすぎて進み出るのを忘れていると、ネアスが背中を押してくる。ちょっと待ってくれ、心の準備が。
「人間に会うの、超久しぶりなんだけど。あ、人語通じてる? 話すのも久しぶりだからさ、変なところあったら言ってよね」
俺が前に出て行く間にも、エルフの王はしゃべり続けている。
「君がいた村は全滅だって聞いたよ。森の異変には気づいてたけど、まさか魔族が原因だったとはね。僕がもう少し早く動いていれば結果は変わったかもしれないと思うと、ちょっとばかり申し訳ない気分になっちゃうよ」
俺が指定された位置に着いたとき、ちょうど余談が済んだようだった。跪いたり、お辞儀をしたりした方がいいんだろうか。それがエルフで失礼な動作になる恐れがないわけではないし、考えた挙句、その場で立ち尽くすことを選んだ。
正面には、巨木を削り出して作ったであろう玉座に腰掛けるエルフ。白に近い金髪を肩まで垂らし、どことなく緑がかったような白い肌をしている。ネアスも衛兵もそうだったが、王も同じように耳の先端は尖っていた。
俺が立ったままなのを気にする素振りもなく、王は本題へと移った。
「さて、僕はネアンネル。森の民を統べる者だ。自称したことはないけど、ここの王ということになっている。まずは、君の名を聞かせてもらおうか」
そうした基本的な情報から始まり、最終的には俺だけが生き残るに至るまでの経緯を話した。ミレアのことは話さなかったが、これは隠したわけではない。ネアンネルからの質問に回答する中で、話す機会がなかっただけのことである。
「話してくれてありがとう。じゃあ、次はカイン、君の番だ。何か聞きたいことはないか?」
「え?」
これは滞在の許可を得るための謁見ではなかったのか。その許可を得るべく、今の今まで質問に答えていたと思っていたんだが。
そんな俺の困惑を読み取ったがごとく、ネアンネルは続けた。
「人間と話す機会ってあんまりないからさ、こみゅーにけしょーんだよ」
「それを言うなら、コミュニケーションだと思います」
「ああ、それそれ。ほら、何かないの?」
そう言われても咄嗟には――
「あ」
「お、何かあるんだね?」
「少しに気になったのですが、さきほどおっしゃっていた森の異変というのは?」
「あの村に住んでいたなら、カインも気づいていたんじゃないかい? ほら、森の魔物たちが騒がしかったろう」
そう言われて、最近の森の様子を思い出してみる。森に入ったのは、トゲウサギの罠猟をしたときが最後だ。あのときはすべての罠にトゲウサギが掛かっていて、そのおかげでかなりの稼ぎになった。今までにここまでの大猟はなかったから、これが異変と言えば異変かもしれない。でもそういえば、あのときはそれが無性に不気味に感じたような……
「その顔は、何かしら心当たりがあるみたいだね。その異変は魔族が原因だったんだ」
それはさっきも聞いた気がする。それがどういう意味なのか質す前に、ネアンネルは自ら語り出した。
「というのも、魔族たちは食糧の補給場所を探していたみたいなんだ。戦線を押し上げながら、現地の人間たちを食らい、そして戦闘を続ける。それがやつらのやり方だ。聞いたことくらいあるだろ?」
初耳だったが、勢いで頷いてしまった。
「そこで今回、補給場所に選ばれてしまったのが君たちの村だ。村を偵察する魔族の部隊が森をうろついていたせいで、森の魔物たちは落ち着かなかったんだね」
そんな偶然で父さんも母さんも、そしてエドも死んでしまったというのか。許せない。魔族が許せない。だが自分でも意外なことに、去来した思いはそれだけではなかった。貧弱な王国軍、ひいては勇者が許せないと思ってしまったのだ。小さな村一つ守れないで、何が勇者だ。
「ちょっと話を変えようか。他には何か?」
ネアンネルの声が聞こえて、我に返った。黙り込んでしまった俺を見かねたのかもしれない。
「何でもいいよ。僕は人間とこみゅーにけしょーんがしたいんだ」
「コミュニケーションです」
「そうそれ。――で、他には?」
特にないと答えかけ、ふと脳裏をよぎった考えがそれを留めた。魔法に長けるとというエルフならば、何か助けになるかもしれない。
「一つ、あります」
すぐには何と続けるかが浮かばなかったものの、ネアンネルが鷹揚に構えていてくれたおかげで徐々に言葉がまとまり始めた。
「封印結晶というものを知っていますか?」
「なにそれ、ひっかけクイズ?」
「いえ、そのままの意味です」
「知ってるに決まってるじゃん」
やや憤然とした様子のネアンネルに戸惑いつつも、話を続けた。
「では、その中に封印されたものを解放することはできますか?」
「技術的にできるかって話ならできる。俺にできるかって聞いてるなら、それは無理だね」
「そうですか……」
エルフの頂点に君臨する王にできないとしたら、いったい誰に可能だと言うのだろう。ミレアを助けることが、かなり困難であることを再認識した。
「でも、できる人を知ってるよ」
だからこの言葉を聞いたときには、耳を疑わずにはいられなかった。




