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救世主計画  作者: 数多 或
救世主編②
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32. 大博打

 是の判定が下ると同時に、結界の解除、身体と装備の透明化、魔力の隠蔽を行い、なるべく長く魔王から姿を隠せるようにした。これだけやっても、作り出せる時間はそう長くないだろう。

 迫りくる鞭で左足の指を何本か失いつつも、無事に包囲網を抜け出すことにも成功した。あとはあの方法を実行するだけだ。上手くいくかどうかはかなり怪しい。分の悪い賭けかもしれない。それでももう、これしかないと思っていた。

 

 決着の時は近い。高速で魔王に肉薄する。並行していくつもの魔法を使用しているせいで、すでに意識は朦朧としていた。

 時間の観念も薄れ、気づいたときには魔王の懐まで迫っていた。まだ気づかれている様子はない。ここでこのまま、さらに魔法を二つ併用するつもりだったのだが、無理だった。透明化と魔力隠蔽を解除する。

 

 「何だとッ!?」

 

 魔王の顔が驚愕に染まっている。なぜか、それをはっきりと認識できた。

 召喚魔法を発動する。召喚したのは、殺した魔族の心臓を百個。それを魔法で物理的に不可能な小ささまで圧縮する。心臓の塊を右手に握りしめ、腕ごと魔王の口の中へと突っ込んだ。魔王に密着しているおかげで、魔王は私を迂闊に攻撃できなかったようだ。腕を噛みちぎられて突き飛ばされるまで、何の攻撃も受けることはなかった。

 少し距離ができると、すぐに鞭が私を追い始め、再び黒い光線が降り注ぐようになった。しかし、もう決着は見え始めている。

 鞭の速度は減衰が著しく、天空からの黒い光線はひどく的外れな場所に注いでいる。観客席の魔族で生き残っていた者たちも全て逃亡しており、横槍を入れられる心配もない。

 ゆったりと飛行しながら、鞭が霧消するのを待った。一本、二本……とその数を減らしていく。黒い光線はすでに絶えている。

 魔王は確実に弱っている。ぐうう、と苦悶の声が漏れ聞こえているのもその証拠だ。

 

 「何をしたァ!? ウグッ……!」

 

 ついに魔王は膝をついた。もはや悪態を吐く余裕もなくなったらしい。私の仮説は正しかったようだ。

 

 私の仮説。それは魔王の身体の特殊性に関するものだった。魔王である兄は、人類が作り出した魔族と人間の融合体である。融合体を完成させるには、人間と魔族の血肉を完全に調和させなければならない。それはとても繊細な均衡で、いとも簡単に崩れてしまうものだった。記憶にある兄の姿はいつも、死にかけたようにやつれていた。つまり人魔の均衡を崩してやれば、融合体は不完全な存在となる。そして、自己崩壊が始まる。私はそう仮説を立てた。

 

 魔族は他の個体を吸収する。その性質を利用し、魔族の核たる心臓を魔王に無理矢理飲み込ませた。果たしてそれは魔王に吸収され、均衡を崩すことに成功したというわけだ。

魔王はついに吐血した。全身が沸騰しているかのように盛り上がったり、弾けたりを繰り返している。自己崩壊が始まったのだ。

 

 「そういうことか……」

 

 ふいに魔王が何か呟いているのが聞こえたため、集音魔法で音を拾った。魔王は私に構わず続ける。

 

 「リゲル……久しいな……お前のおかげで……」

 

 声は嗄れ、震えている。何を呟いているのか、内容を把握することはできなかった。が、どことなく嫌な予感がする。この胸騒ぎは何だ。

 ぐにゃりと曲がった腕で、魔王はそばに落ちていた細長い物体を掴み上げた。よく見ると、千切れた私の左腕だった。その手にはまだ疑似聖剣が握られている。

 

 「まさか!」

 

 魔王が何をしようとしているか理解したとき、それを阻止するのではなく、私はただ叫び声を上げただけだった。物事が上手く運んでいるときこそ、気を引き締めるべきだったのに。

 魔王は左腕と疑似聖剣を吸収した。自身が置かれている状況を認識し、身体の均衡を取り戻そうとしているのは明らかだった。そして現に、身体の変形が沈静化しているのが見てとれる。

 

 このまま事態を静観していれば、いずれ魔王は復活してしまうだろう。そうなれば、もう打つ手立てはない。この機を逃してはならないのだ。

 すぐさま、思いつく限りの攻撃魔法を放った。数秒のうちにあらゆる天変地異をその身に受け、魔王は炭のような黒い物体と化した。だがその体表は小さく波打っており、再生を始めているのがわかる。

 それは、魔王がすでに人魔の均衡を回復しつつあることの証左だった。もう一度同じことをしようにも周囲の魔族は逃亡した後であり、逃げ遅れた魔族を探し回る間に魔王が先に回復してしまう。

 

 「もう終わりだ……」

 

 百年の時を過ごし、こんなことを呟いたのは初めてだったかもしれない。私なら成し遂げられると、なぜこうも愚直に信じてこられたのか。突如として、これまで私の支えとなっていた根拠なき自信が打ち砕かれた瞬間だった。

 しかし同時に、すべてが終わる前に一つ賭けをしてみようという、ある種の開き直りも生まれた。簡単な賭けだ。宝箱の中に宝が入っているか、否か。

 

 黒ずんでいた魔王の身体は、徐々に本来の白い皮膚を取り戻しつつある。時間がない。

 宝箱を召喚すべく、召喚魔法を発動した。召喚魔法を使用するには、召喚対象の場所を把握している必要がある。そのため、動く物体、特に生物を召喚するのは難しい。しかし、召喚した物体の中に生物が入っているとすればどうだろう。もちろん、その中身の生物ごと召喚される。

 

 私は養成機関の治療室を召喚した。床、壁、天井で囲まれた箱型の物体は、さながら本物の宝箱のようだった。つまり治療室が宝箱で、その中に秘められている生物、アンティエルこそがお宝というわけだ。

 果たして、この賭けは――

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