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救世主計画  作者: 数多 或
救世主編①
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4. 異形の魔族

 それからも二体の魔族は、数時間に一度、私と二九七号に液体を飲ませに来た。そのたびに会話を盗み聞き、情報を集めていく。とはいえ、日常会話から目ぼしい情報が得られるはずもなく、ただ焦りが募るばかりであった。

 事態が進展を見せたのは、魔族が姿を見せたのを数えて三十三回目のことだった。初めて籠ごと運ばれ、建物内を移動した。

 建物の構造を知る機会に恵まれ、私は経路を記憶することに努めることにした。


 例のごとく視界はほとんど確保できず、石造りの天井しか見えない。そのため、籠の揺れから魔族の歩数を数え、角を曲がるタイミングと方向を覚えるしかなかった。

十分弱ほども歩き続け、否、運ばれ続けて、着いたのは薄暗い陰気な部屋だった。籠が台に置かれても、揺れているような錯覚が続いている。


 「先生、二九八号を連れてきましたー」


 後輩の呼びかけに応える声はない。同じ台詞を数度繰り返しても、先生とやらが返事をすることはなかった。

 後輩はしびれを切らしたらしく、拳で壁を叩きながら叫んだ。

 

 「先生!」

 「うるさい、何事だ!」


 怒鳴り返したのは知らない声だった。これが先生と呼ばれていた者だろう。

 再び話しかけるのが躊躇われるほどの怒声であったが、後輩は元ののんびりとした口調でこれまでと同じことを繰り返した。


 「二九八号を検査に連れて来たんすよ」

 「また検査だと? 昨日やったばかりだろうが!」

 「二九七号の検査は、昨日じゃなくて四日前っすよ」

 「つまらん冗談だな。そこまでして儂の研究を邪魔したいか」

 「いや、だから――」

 「我々は先生の研究に敬意を払っております。邪魔する気など、露ほどもございません」

 

 後輩が何か言いかけるのを、先輩が遮った。断固とした口調に先生は気圧されたのか、すぐには反論が飛んでこない。ここを好機と見たか、先輩が畳みかける。

 

 「しかし、先生の研究は異端中の異端です。それがなぜ許されているのか、誰によって許されているのか、今一度思い起こしていただきたい」

 

 軽く息を吸い、先輩は続ける。

 

 「それと最近、研究が行き詰っているという風聞もございます。時間の感覚が曖昧になっているのは、そのことに焦り、寝食を忘れて研究に勤しんでおられるからなのではないでしょうか。研究は一朝一夕にいかないものと存じますが、成果が出せないままなら、いつ研究の許可が取り下げられてもおかしくはありせん。それでいて検査もしていただけないとなれば、なおさらのこと。ですから先生ご自身のためにも、ここはお時間を割いていただきたい」

 

 沈黙。だがそれは長くは続かず、先生の不機嫌そうな声で破られた。

 

 「休憩がてらに見てやる。三時間後に来い。それまでに終わらせておく」

 「ありがとうございます。二九八号は二時間半後に栄養補給となりますので、そのときに参ります」

 「ちっ、好きにしろ」

 「では、よろしくお願いします。――いくぞ」

 「うっす」

 

 音を立てて扉が閉まると、先生はぶつぶつと悪態をつき始めた。それに交じって聞こえてくる、カタカタカタという規則的で硬質な音。急に聞こえるようになった耳障りな音は、徐々にこちらへ近づいてくる。同時に悪態も大きくなる。

 

 音の正体がわかったのは、先生が私の籠を覗き込んだときだった。

 先生の顔は灰色で人間と同じような造形をしているものの、その背後には尻尾のようなものが見えた。先端は一度丸く膨らみ、曲線を描きながら先細るという独特の形状をしている。薄暗い室内でぬらりとした光沢を放つそれは、巨大なサソリの尾だった。

 つまり先生は、上半身は人、下半身はサソリという異形なのだろう。それゆえ、足音が奇妙な響きを伴っていたのだと考えられる。

 

 「ほう、目を開けているのか。珍しいな」

 

 それだけ言うと、先生は籠から離れてどこかへ去っていった。カタカタカタという足音には慣れず、胸がざわつく。




          ***

 

 

 

 アンティエルは、上半身が人、下半身がサソリという異形の魔族である。養成機関で治療室担当として勤務するかたわら、魔法研究に心血を注いでいる。

 治療室とはその名の通り、養成機関で育てられている子どもたちの怪我や病気を治療するのが目的だが、子どもたちの定期的な検査も行う。こうした業務と引き換えに、アンティエルは魔王から研究許可を得たのである。


 二九八号の新生児検査を終えたアンティエルは、わずかに開けた扉の隙間から部屋の外を窺った。周囲には誰もいないことを確認し、静かに扉を閉める。

ここからは研究のための時間であった。


 「やつらが戻るまであと二十分。少し急ぐとするか」


 キヒヒ、と奇怪な笑い声を漏らしながら、アンティエルは治療室の中を忙しなく動き回る。足音が小刻みに響き、薄暗い治療室の壁に天井に異形の影が躍った。

治療室を行ったり来たりしたのは、普段は隠してある道具を取り出すためだった。それらを二九八号の眠る籠の脇に並べ、ニタニタと笑みを浮かべる。


 「さあ、ここからが本番だ」


 まずアンティエルが手に取ったのは、一本の針。それを液体の入った壺に浸してから、二九八号のかかとに刺す。傷口に小さな血の玉ができたかと思うと、それはすぐに決壊し、傷の大きさには見合わぬ量の血が流れ出る。

 この様子を見て、アンティエルは首を傾げた。傷つけられて泣かない赤子を不審に思ったのだ。しかし、余計なことを考えている暇はない。今は目の前の作業が最優先だ。


 アンティエルは二九八号の足を持ち上げ、かかとの下に細長い容器を構える。かかとから滴る血が、ぽたぽたと音を立てて容器に溜まっていく。

 十分な量が溜まったと見るや、かかとの傷口に素早く軟膏を塗りつける。すると、今までの流血が嘘のように血が止まった。壺の液体には出血促進効果、軟膏にはその逆の効果があったのだ。


 「これ以上は命に障るからな」


 ぼそりと呟いたアンティエルの視線の先では、二九八号が静かに眠っている。採血後も規則正しい寝息を立ててはいるが、新生児はどれほど慎重に扱っても、慎重すぎるということはない。


 次にアンティエルは、こぶし大の水晶玉を手にした。寝ている二九八号の両腕を器用に操り、それを両手で抱えさせる。


 「さてさて、お前は何色だ?」

 

 声はうわずり、興奮が抑えきれないといった様子。八本の足で足踏みし、床をカタカタと鳴らしていることからもそれが窺える。

 二分ほどすると、水晶玉は黄色に光り始めた。光は徐々に緑がかっていき、やがて完全な緑色となった。変化はそれで止まず、最終的に水晶玉は緑がかった青色に輝いた。

 

 「青、いや、その手前か。悪くはないが、やはり二九七号には及ばないと見える」

 

 急激に興味が失せたかのように、アンティエルは表情を失った。水晶玉の変化が期待外れだったようだ。

 アンティエルは最後に、小さな匙で二九八号に緑色の液体を飲ませた。一般的な回復ポーションを新生児用に改良したもので、アンティエル特製である。効果は一連の作業で負担をかけた二九八号を慮ったわけではなく、証拠隠滅を図ったものだった。すなわち、これでかかとの小さな傷を回復させるのだ。

 傷の治り具合を確認するため、軟膏を丁寧に拭う。アンティエルの目論見通り、傷は完璧に治っていた。

 道具を元の場所に隠すように片付け、自らに言い聞かせるように呟く。

 

 「これで抜かりはないはず……」

 

 それでも不安になったのか、改めて室内をぐるりと回り、最終確認を行う。

 それから三分後、時間きっかりに二体の魔族が現れた。

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