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救世主計画  作者: 数多 或
救世主編②
35/48

27. 剣闘大会

前話から十年くらい経過しています。

 魔王主催剣闘大会七日目、第六試合。今大会初の直轄養成機関出身者同士の試合ということで、会場は超満員であった。そしてこの試合で対戦するのは、私と二九九号である。

 

 「試合開始!」

 

 合図と同時に、数歩先に立つ二九九号が剣を捨てた。試合を放棄するつもりらしい。そのことを察した観客たちは、すぐに罵声の大合唱を始める。

 二九九号が何やら口を動かしているが、その声は私の耳に届くまでに汚い声に飲み込まれてしまう。最後の会話をするために防音魔法を発動させると、彼女は眉を上げて小さく驚きを表した。

 

 「どうやったの?」

 「魔法だよ。練習をすれば君にも使える」

 

 二九九号の問いに対し、本当のことを告げるべきか否かを迷うことはなかった。彼女の死はもう、確定しているのだから。

ふと、自らの口調がいかにも少年らしかったことに気がついた。子どもを十何年も演じ続けていたせいだろう。思わず苦笑が漏れる。

 

 「魔法。それがあなたの引き起こす不思議の正体なのね。できることなら、私も使ってみたかったわ」

 

 この完全なる無音の空間では、たとえ数歩の距離があろうとも、彼女のかすかな声の揺らぎすら聞き取ることができた。その揺らぎが何を意味するのか。私は意識して考えないようにした。

 二九九号の応答は、彼女が私の特異性に気がついていたことを示している。そのうえで、彼女は私に好意を向けていたということだ。とはいえ、それはたかだか十数年のこと。私の覚悟をほんのわずかも揺るがすものではない。


 「来世では、きっと魔法使いになれるさ」

 「来世なんてない。死んだら終わりよ」

 

 私の放言に、二九九号はきっぱりと応えた。確かにその通りだ。転生魔法を使わない限り、来世など存在しない。そのことを意識すると、改めて私の異常さを思い知らされる。

 二九九号はいらぬ気休めに腹を立てたのか、やや不機嫌そうに腕を組んだ。

 

 「さあ、早く殺して」

 

 これ以上迷わぬよう、足を踏み出す。剣を抜き放ち、一閃。

 切断された頭部が落ち、鈍い音を立てる。一度だけ血飛沫が高く上がり、周囲に赤い大輪が咲いた。まるで二九九号への手向けかのように。

 

 「さようなら」

 

 届くはずのない別れの言葉は、罵声から一転した歓声にかき消された。

 



 一週間前に二九九号を殺して以来、事あるごとにそのときの場面が繰り返された。そしてそのたびに、心臓を鷲掴みにされたような疼痛に襲われる。最初にトバルという男を殺して以来、今世で何人もの人間、何体もの魔族を殺してきたが、こんなことは初めてだった。

 今の自分の状態を分析できぬほど、私は愚かではない。私はつまり、二九九号を殺したことで動揺しているのだ。もっと正直に言えば、そのことを後悔してさえいる。十五年もの月日をともに過ごし、私を慕ってくれた二九九号を守る術はなかったのかと考えずにはいられない。

 だが、私にそんなことを考える資格があるのか。あるはずがない。なぜなら私は……

 

 「緊張してんのか? 顔色が悪いぞ」

 

 イアスの声。見ると、扉の小窓から目元だけを覗かせている。逆光になっているため見づらいが、目尻に皴が寄っているところを見るに微笑んでいるらしい。

 大会参加者には独房のごとき小さな部屋がそれぞれ与えられており、大会期間中はそこで寝起きすることになっている。英気を養うことなどできようもない、実に粗末な部屋だ。


 イアスが私の部屋を訪れるのは二度目だった。一度目は最初の試合の前日、二度目が今日。すなわち、決勝戦の前日である。

 イアスは一方的に言葉を続けた。


 「にしても、決勝戦を控えてるやつにこの部屋はねえよな」

 「そう思うなら、大会の運営に話をつけてきてくれよ」

 「一介の養成職には無理だ」

 「使えないな」

 「相変わらず厳しいなあ」

 

 人間に蔑まれたというのに、魔族であるイアスは後頭部を掻きながらぼやくだけだった。普通ならありえないが、これには事情がある。

 例の遭難事件のせいでイアスが解雇寸前となったとき、私の強い希望によって養成職に留まることができた。そのことに恩義を感じているらしく、イアスは私に頭が上がらないとまでは言わないものの、今のように強気な態度を取ることができなくなっているというわけだ。

 

 一、二分ほど取り留めもない会話を交わした。それから不意に扉に背を向け、声の調子を一段下げて言った。

 

 「二九七号は強敵だ。しかも都合よく、お前を殺したいほど憎んでいる」

 

 もともと二九七号とは反りが合わなかった。原因は二九九号のことだろうと推察しているが、事ここに至るまで本人に確かめたことはない。とはいえ、私が二九九号を殺した日には、二九七号が魔族二人を殺してしまうほど暴れたという。そうした状況証拠自体は昔から枚挙に暇がないため、私の推察は九分九厘間違いない。

 

 ――ああ、まただ。またあの場面が脳裏に蘇りそうになり、急いで会話を続ける。

 

 「そんなわかりきったことを言いに来たのか?」

 「いや、その……」

 

 イアスは言い淀んだ。お調子者のイアスにしては珍しい。いつも適当なことを口走って場を濁すはずなのに。そこまで考えて、以前にも似たようなことを考えたことがあるような気がした。気のせいだろうか。

 

 「まあ、なんだ……死ぬなよ。そう言いに来ただけだ」

 「どうせ、自分の出世のためだろう?」

 

 養成職は自分が担当する戦士候補が好成績を上げるほど、出世が近くなる。もし仮に私が優勝すれば、フィデルは一気にその名を巷間に知らしめることになるだろう。

 

 「バレてたか」

 「伊達に十五年も付き合ってない」

 「だな。――じゃ、頑張れよ」

 

 イアスは最後に視線を寄越したようだったが、そこにはどんな機微も窺えなかった。足音が遠ざかり、やがて通路の明かりも消え、独房には完全なる闇が訪れた。この闇が晴れたときには、私の行く末にも光が差すだろうか。

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