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救世主計画  作者: 数多 或
救世主編②
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25. その他の救世主計画

 「今の話を聞いて気になったのですが、人類はすべてをイクサス様に託して、イクサス様が転生するのをただ待っていたというわけではないですよね? イクサス様の強さが常軌を逸しているとはいえ、一人の人間に種の存亡を賭けるというのは、いささか分が悪いように思うのです」

 「もちろん、同時並行で進んでいた計画はある」

 「というのは?」

 「魔族が勝利を収めた今、そんなことを聞いても意味はないだろう」

 「気になったことはなんでも知りたい。それが研究者というものです」

 

 アンティエルの言い分は理解した。が、人類の秘密を話してしまってもいいものか。それを話すことで、今後の私の行動に支障が出はしないか。私の中に生まれたそんな迷いは、思いのほか素早く消えた。

 

 「そうだな、どこから話したものか。まあ、私の生い立ちから話すのがわかりやすいか。前世の私は勇者の三男として生まれたのだが――」

 「勇者!?」

 

 あまりの音量に耳を塞ぐ。狭い部屋で出していい声ではない。唖然としているアンティエルを尻目に、構わず続ける。

 

 「私は三男として生まれたのだが、勇者の後継者となったのは長男だった。正確には勇者の弟が一時的に勇者を務めているのだが、まあそれはいい。勇者が大敗を喫して戦死した後、長男は真っ向からの魔王討伐を掲げた。が、あえなく失敗。さらにその子どもたちも同じ道を選んだのだが、私は彼らの行く末を見届ける前に転生してしまった。と言っても、今の有様を見る限り、その子どもたちも失敗したようだな。まあ、勇者は代を重ねるごとに力を失いつつあったし、無理もあるまい。さて、問題は次男だ。次男は――」

 「ま、待ってください! 衝撃の事実が衝撃的過ぎて、その衝撃から立ち直れていません。話が入ってこないです」

 

 アンティエルが腕を掴んで制止してくる。ラミの柔肌に爪が食い込む。跡が残らなければいいのだが。

 

 「もう帰ってもいいか?」

 「それは困ります」

 

 即答だった。

 

 「よし。話が入ってくるようになったみたいだな。続けるぞ」

 「あう……」

 「問題は次男が充てられた計画だった。あれはある意味、魔族よりも魔族らしい所業だったな。思い出すだけでも虫唾が走る」

 

 今日何度目か、我知らずため息が出ていた。だがこれは、先ほどまでのものとは性質を異にしていた。

 

 「あの計画は、人間の強化が目的だった。その目的自体は悪いものではない。悪かったのは手段だ。人間と魔族を融合し――」

 「融合!?」

 

 今度はアンティエルが叫ぶ予兆を察し、先に耳を塞ぐことに成功した。それ以上の反応がないことを確認して続ける。

 

 「融合によって、人間は魔族の強靭な肉体を獲得しようとしたのだ。しかし何人もの被験者が犠牲になっても、この目標は達成できなかった。脆弱な人体はすぐに崩壊してしまい、魔族の肉体を受け入れることができなかったのだ。そこで、生まれつき一般人よりも強い身体を持つ勇者一族が目をつけられた。当時、長男は次代の勇者として育てられていたから、白羽の矢が立ったのは次男だった。そのときにはまだ、前世の私は生まれていなかった。生まれていれば、私が選ばれていたかもしれないな。そして彼は過酷な人体実験の末、命を落としてしまった。それがきっかけとなって、この計画は中止となったのだ。彼は尊い犠牲などではなく、本当にただの無駄死にだったよ。せめて長男とともに討伐軍に参加できれば、まだ少しは人類のためになれたというのに」

 「魔族の私が言うのもおかしな話ですが、おぞましいですね」

 「ああ、人間とはおぞましいものだよ」

 「それでも、人類を救おうと考えているのでしょう?」

 

 私は曖昧に頷いて見せた。アンティエルの言ったことの、少なくとも半分は真実だったからだ。

 その曖昧な態度は、アンティエルを誤解させたらしい。私が過去の悪い記憶に気分が悪くなったとでも思ったのか、話題を少し逸らしたのだ。

 

 「他にも何か計画はあったんですか?」

 「ないな」

 

 断言したものの、心の奥底に小さな引っかかりを覚えた。前世は長かったから記憶の漏れはあるだろうが、それだけではない気がする。何かもっと重要なことを忘れているような。

 

 「そうですか。では、次で最後の質問にさせていただきます」

 「聞かせてもらおう」

 

 ようやく最後の質問だということで余裕のできた私は、脚を組み替えて鷹揚に答えた。

 

 「転生魔法の術者は、どのように転生魔法を習得したのでしょうか? 私の知る限り、どの書物にもその具体的な方法は記されていなかったのですが」

 「ふむ……」

 

 これにはどう答えるべきか、即座には判断しかねた。アンティエルが転生魔法についてどこまで知っているのか、それが問題だ。

 

 「転生魔法については、どこまで知っている?」

 「その名前と効果、今しがた説明にあった生贄のことだけです」

 「そうか」

 

 今の受け答えを真実だと考えていいのだろうか。魔法に関する知識を得たいだけなら、アンティエルに嘘をついて得られる利益はないように思うが。

 

 「実は、私もそれくらいしか知らないのだ。転生魔法は秘法中の秘法であり、かつ戦闘には直接関係がないために、私でさえ知ることを許されなかった。最後の質問だというのに、このような回答ですまないが」

 「……そうでしたか。いえ、ありがとうございます」

 「ああ」

 

 転生魔法の術者は私であって、私でない。これには複雑な問題が絡んでおり、ここでそれを詳らかにすることによってもたらされる恐れのある不利益は、アンティエルに疑念を抱かれることの不利益と天秤にかけても、譲ることができなかった。

  

 「これで約束は果たしたということでいいな?」

 「ええ、実に有意義な時間でした」

 

無言で頷き返し、治療室を後にした。

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