23. 疑似聖剣
本筋(=現代)に戻ります。
疑似聖剣を作るには、二通りの方法がある。聖結晶をそのまま加工して剣にするか、聖結晶の持つ聖気と呼ばれる力をミスリル製の剣に移植するかだ。
前者には極めて高度な技術が必要であり、現代でこれを再現できる職人はいない。そうなると、自然と後者の方法を選ばざるを得ないわけだが、これもなかなか難しい。ミスリル剣を作れる職人も現代には存在しないため、すでに出来上がった形のミスリル剣を探さねばならないのである。前世で剣の作り方を学んでおけばよかった、と後悔せずにはいられない。
さて、件のミスリル剣の多くはかつて、アッシャー王国で限定的に生産されていた。それらの多くは勇者が率いる特別部隊に卸されていたものの、すべてがそうだったわけではない。一部は将来の大規模戦闘において供されるべく、王城の武器庫に保管されていたのだ。
私が目をつけたのは、その保管品である。とはいえ、養成機関での訓練に明け暮れる私が取りに向かうのは現実的ではない。聖結晶を自ら取りに行くことができたのは、偶然にも利用可能な転移陣の存在を知っていたからである。
どうしたものかと頭を悩ませていると、その様子を見かねたらしいアンティエルが声をかけてきた。私は今、イアスの身体を借りて治療室にいるところだ。
「何かお困りごとで?」
「ああ、少しな」
以前からミスリル剣が必要になることは話していたため、事情の説明に手間はかからなかった。それを聞いたアンティエルからは、意外な台詞が飛び出してきた。
「それでしたら、私が取ってきましょうか?」
「お前が? できるのか?」
「ここにある魔法関係の書物は、私が自ら旧アッシャー王国の王城から取ってきたものです。それと同じ要領で取ってくることは可能だと思いますが」
これは盲点だった。アンティエルが王城に行ったことがあるという可能性は、これまで少しも頭に浮かばなかった。しかし――
「その顔は……何か見返りを求めているな?」
「バレてしまいましたか」
「ふん。魔族の表情の機微を読み取れても何の役にも立たん。いずれ私に滅ぼされる種族だからな」
「魔族を前にして言う台詞ですか、それは」
これには答えず、私は話を本筋に戻した。
「で、何が欲しいんだ?」
「お聞きしたいことがありまして。私の気が済むまで質問にお答えいただきたいのですが」
「よりにもよってそんな面倒な……」
一応渋ってみたはいいものの、私にはこの道しか残されていないのはわかりきっている。そして結局、この条件で合意に至った。
何度目とも知れぬ遠征訓練からの帰還後、治療名目で数人の子どもたちとともに治療室を訪れた。この場合、いつもアンティエルは私の治療を最後に回す。もちろん、内密の会話をするためである。
「ご所望のものが手に入りました。入ったんですが、いや、これがなかなか――」
「苦労話はいい。約束は果たす」
「そうですか。では」
答えた声にやや棘があったのは、自分がいかに苦労したかを恩着せがましく語る機会を逸したせいだろう。己の功績を誇張し、私からより多くの報酬を引き出そうとしているのが見え透いている。
一度奥に退いたアンティエルは、すぐに五本の長剣を携えて戻ってきた。五本というのは、私が回収した聖結晶の個数に合わせた数だ。長剣はどれも同じ見た目の鞘に納められているが、それは王国の量産品だからである。
「こちらで間違いないでしょうか?」
アンティエルは五本のうち一本を抜き、妖しく輝くその剣身を露わにした。光源の乏しい治療室内ですら、まるで自ら光を放っているかのように見える。五十年以上の年月を経てもその輝きを失わないというのは、これがミスリル剣であることの何よりの証左と言えよう。
「間違いない」
想像していたよりもはるかに簡単にミスリル剣が手に入り、内心では柄にもなく小躍りしたい気分だった。が、アンティエルに付け入られる隙を与えぬよう抑制したのは言うまでもない。
「今後、再び聖結晶が手に入ったとき、追加で回収してくることは可能か?」
「武器庫の多くは荒らされていて、その五本も城中探して集めたものなので、可能と言い切ることはできませんね。もちろん、それなりの報酬のためなら喜んで探してきますが」
「そうか」
ミスリル剣が手に入らないのならば、聖結晶も宝の持ち腐れとなってしまう。聖結晶を手に入れる目途が立ったら、今後はそれに先立ってミスリル剣を仕入れる方がいいかもしれない。
「では早速、質問の方を――」
「待て。先に疑似聖剣を作成する。これはイアスの身体を借りているときにはできないことだからな。こちらが優先だ」
「ううむ……」
「約束は果たすと言っただろう」
強めに睨みつけると、アンティエルはそれきり黙った。途端、治療室には静寂が訪れる。疑似聖剣の作成という秘術に相応しい、心地よい静寂だ。
まず、ミスリル剣の状態を確かめる。剣としての機能を確かめるわけではなく、何かしらの瘴気術の影響を受けていないかを調べるのだ。もし何か影響があるならそれを解除しなければ、聖気を上手く移せない恐れがある。結果としては、五本すべてに異常はなかった。
疑似聖剣の作成を最後に行ったのは体感で二十年以上前だし、この身体では当然ながら初めてだ。最初の一本、あるいは二本は失敗する恐れもある。できれば貴重な素材を無駄にしたくはないのだが……
普段はそこまで意識することはなくとも、このときは自分の腕に人類の命運が懸かっていることを重く意識させられた。ここでの成否が、直接的に魔王討伐の能否に繋がっているからであろう。
「いくぞ」
アンティエルに向けてというより、むしろ自分への鼓舞のつもりで宣言した。
大きな机の上にミスリル剣一本、聖結晶一つを並べる。椅子の上に立ち、二つの物体を見下ろした。そして、聖結晶に向けて両手をかざす。その両手の小ささに改めて驚かされ、もどかしいほどの頼りなさを感じた。
聖気の気配というものがある。なんとなく温かいような、そっと包み込まれるような気配を感じるのだ。それを捉えて意識を集中すると、やがて聖気が実体を伴っているかのような錯覚が起こる。そして今、私はその錯覚を体験していた。
それは極めて具体的な体験であり、この錯覚の中では聖気を掴むことすらできる。掴んだと感じたならば、次はそれをミスリル剣の中に溶かし込ませるというか、染み渡らせる作業へと移ることになる。このときに想像するのは、液体のように滑らかな聖気だ。
固体のごとき聖気をミスリル剣に押し当て、聖気が溶け出す、つまり液体となるのを想像する。強力な表面張力が働いているかのように、その液体は柄から剣先までを包んでいく。全体まで行き渡ったのを確認したら、魔法的な強制力をもって、それを剣に同化させつつ閉じ込める。これが最後にして最大の難関だ。
この作業で求められるのは、大剣で緻密な石像を削り出すかのごとき繊細な魔力操作。いくら私が習熟した魔法の使い手であるとはいえ、気を引き締めて取り掛からねばならない。
剣を覆う聖気が漏れ出ぬよう、全体に気を配りながら力を込めていく。最初のうちは剣が異物を跳ねのけるように抵抗してくるが、それに負けてはいけない。剣がこちらの圧力に屈し、聖気を吸い込み始めるのを待つのだ。その感触さえ得られれば、あとひと息。
最後の一滴まで漏らさぬよう、油断なく力をかけ続ける。そのうちに剣が光を帯び始め、聖気との境が曖昧になっていく。光は次第に力強くなり、それが最大に達したとき、疑似聖剣が完成した。




