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救世主計画  作者: 数多 或
救世主編①
3/48

3. 新たな名前

 新生児としての振る舞いがわからず、頭を悩ませていた私に助け舟を出してくれたのは、先輩魔族だった。


 「貸してみろ。どうせお前のやり方が悪いんだ」

 「すんません。頼みます」


 申し訳なさそうに言って、後輩は私を手渡した。


 「あ、カップです」


 私を両腕で抱いた先輩は、カップを受け取るためだろう、左腕だけで抱き直した。後輩よりも安定感がある。


 「ほうら、お口を開けてごらん」


 今まで聞いていた厳しい口調とは打って変わり、先輩は甘く優しい声を出した。猫なで声とまではいかない、絶妙な声色だった。

今が好機である。カップが下唇に当てられた瞬間、私は口をかすかに開けた。


 「なんだ、開くじゃないか」

 「え! さすが先輩っす!」

 「こいつは反射が弱いんだろうな。お前が見逃しても仕方ない」

 「なるほど、勉強になるっす」

 

 後輩は納得したようだが、先輩の説明は間違っている。そもそも私は口を開けなかったし、この後輩は口を開いたのを見逃すほど間抜けではないだろう。私がほんのわずかに目を開いたとき、こいつはそれに気づいていたのだから。

 ほんのわずかに液体を飲むと、先輩は「上手上手」と褒めた。口の中には鉄臭さが残り、最初に嗅いだのは、液体の匂いだったのだとわかった。味はまずい。

 先輩は俺の身体を柔らかく揺すりながら、今しがた私を褒めたときとは全く異なる口調で話し始めた。

 

 「こいつは大事にしてやれよ。献上の有力候補だ」

 「でも、さらに有力なのがここにいるじゃないっすか。しかも先輩が担当だなんて、もう献上確定っすよ」

 「確かにお前の言う通り、二九七号はこの世代の最有力候補だろう」

 「その下馬評、俺が覆してやりたいっすねえ。二九八号と一緒に」

 「その心意気はいいが、戦士の育成は長期にわたる。息切れしないようにな」

 「うっす」

 

 会話が終わると、私は再び籠の中に寝かせられた。魔族たちが遠のき、また会話の意味を考えさせられる時間が訪れる。

 と思ったのも束の間、思考は大きな泣き声で中断された。人間の赤子のもので、すぐそばから聞こえてくる。

 

 これで得心がいった。先輩と後輩の二体が近づいてきて、最初は先輩が少し離れた場所にいたのは、もう一人の赤子に授乳――飲まされたのは乳ではなさそうだが――を施すためだったのだ。

 泣き声を聞きつけたのか、再び魔族の気配が近づいてくる。この気配は先輩の方だ。後輩よりも圧倒的に濃密な気配を持っており、魔族としての強さを感じさせる。

 

 「おー、よしよし、泣かないでくれ」

 

 私からは若干離れた位置から声がする。そこにもう一人の赤子がいるのだろう。

 

 「大丈夫、大丈夫」

 

 なかなか泣き止まない赤子に対し、先輩は根気強く接する。

 もし先輩が人間だったなら、それはなんとも心温まる情景だっただろう。だが、先輩は魔族である。そのことはこの情景が与える印象をまるっきり逆転させ、これ以上ない気味悪さを感じさせていた。

 やがて赤子は泣き止み、静かな寝息だけが聞こえるようになった。

 

 「おやすみ、二九七号」

 

 ここでようやく、二九七号、二九八号という番号が、この養成機関で我々人間に与えられた名前なのだと理解した。もう一人の赤子が二九七号であるらしいから、私は二九八号ということになる。

これまで魔族たちは、我々に愛情溢れる振る舞いをしているように感じていた。しかし一方で、名前の代わりに番号で我々を管理している。どこか腑に落ちない乖離に、嫌な想像が膨らむ。これではまるで、人間が魔族の……。

 続きを考えることを拒否するかのように、幼い身体は眠りへ落ちていった。


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