3. 新たな名前
新生児としての振る舞いがわからず、頭を悩ませていた私に助け舟を出してくれたのは、先輩魔族だった。
「貸してみろ。どうせお前のやり方が悪いんだ」
「すんません。頼みます」
申し訳なさそうに言って、後輩は私を手渡した。
「あ、カップです」
私を両腕で抱いた先輩は、カップを受け取るためだろう、左腕だけで抱き直した。後輩よりも安定感がある。
「ほうら、お口を開けてごらん」
今まで聞いていた厳しい口調とは打って変わり、先輩は甘く優しい声を出した。猫なで声とまではいかない、絶妙な声色だった。
今が好機である。カップが下唇に当てられた瞬間、私は口をかすかに開けた。
「なんだ、開くじゃないか」
「え! さすが先輩っす!」
「こいつは反射が弱いんだろうな。お前が見逃しても仕方ない」
「なるほど、勉強になるっす」
後輩は納得したようだが、先輩の説明は間違っている。そもそも私は口を開けなかったし、この後輩は口を開いたのを見逃すほど間抜けではないだろう。私がほんのわずかに目を開いたとき、こいつはそれに気づいていたのだから。
ほんのわずかに液体を飲むと、先輩は「上手上手」と褒めた。口の中には鉄臭さが残り、最初に嗅いだのは、液体の匂いだったのだとわかった。味はまずい。
先輩は俺の身体を柔らかく揺すりながら、今しがた私を褒めたときとは全く異なる口調で話し始めた。
「こいつは大事にしてやれよ。献上の有力候補だ」
「でも、さらに有力なのがここにいるじゃないっすか。しかも先輩が担当だなんて、もう献上確定っすよ」
「確かにお前の言う通り、二九七号はこの世代の最有力候補だろう」
「その下馬評、俺が覆してやりたいっすねえ。二九八号と一緒に」
「その心意気はいいが、戦士の育成は長期にわたる。息切れしないようにな」
「うっす」
会話が終わると、私は再び籠の中に寝かせられた。魔族たちが遠のき、また会話の意味を考えさせられる時間が訪れる。
と思ったのも束の間、思考は大きな泣き声で中断された。人間の赤子のもので、すぐそばから聞こえてくる。
これで得心がいった。先輩と後輩の二体が近づいてきて、最初は先輩が少し離れた場所にいたのは、もう一人の赤子に授乳――飲まされたのは乳ではなさそうだが――を施すためだったのだ。
泣き声を聞きつけたのか、再び魔族の気配が近づいてくる。この気配は先輩の方だ。後輩よりも圧倒的に濃密な気配を持っており、魔族としての強さを感じさせる。
「おー、よしよし、泣かないでくれ」
私からは若干離れた位置から声がする。そこにもう一人の赤子がいるのだろう。
「大丈夫、大丈夫」
なかなか泣き止まない赤子に対し、先輩は根気強く接する。
もし先輩が人間だったなら、それはなんとも心温まる情景だっただろう。だが、先輩は魔族である。そのことはこの情景が与える印象をまるっきり逆転させ、これ以上ない気味悪さを感じさせていた。
やがて赤子は泣き止み、静かな寝息だけが聞こえるようになった。
「おやすみ、二九七号」
ここでようやく、二九七号、二九八号という番号が、この養成機関で我々人間に与えられた名前なのだと理解した。もう一人の赤子が二九七号であるらしいから、私は二九八号ということになる。
これまで魔族たちは、我々に愛情溢れる振る舞いをしているように感じていた。しかし一方で、名前の代わりに番号で我々を管理している。どこか腑に落ちない乖離に、嫌な想像が膨らむ。これではまるで、人間が魔族の……。
続きを考えることを拒否するかのように、幼い身体は眠りへ落ちていった。