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救世主計画  作者: 数多 或
少年編①
27/48

ある少年の話Ⅳ

 一か月後、俺とエド、父さんは再び街を訪れていた。前回よりも多くのトゲ、それから毛皮や肉など売れるものはすべて持ってきた。

 

 「これで買えるかな?」

 「買えなきゃ困る。そうじゃなきゃ、罠づくりでマメだらけになった手が報われねえ」

 

 エドの言葉に深く頷いた。

 

 翌朝、前回と同じ薬屋にトゲを全部売り、どうにか毛皮と肉も捌ききった。昼食と移動中の軽食を抜けば、なんとか目標金額に足りる。

 

 「やったなあ!」

 「喜ぶのはアレを買ってからだよ」

 

 興奮するエドを落ち着かせ、早速お目当ての店へ向かった。

 魔族の侵攻が激化したせいで没落した貴族たちは、財産を売却して当座の生活資金を確保した。その中で真っ先に売られたのが魔導書である。生活の役には立たないが、そこそこの高値は付くからだ。

 それらの多くは街へと流れ着き、魔道具店や骨董品店などで扱われている。いま向かっているのはそういう類の店だ。つまり、プレゼントは――

 

 「お、着いたな!」

 

 目の前の看板には、『タレス魔道具店』の文字。文字を読めるようになったきっかけが魔導書だと思うと、この看板を読めるのが感慨深く感じる。

 いかにもという怪しげな雰囲気は一切なく、清潔感のある現代風の建築物だった。店内も明るく、木の温もりを感じる心地よい空間が広がっている。

 

 「いらっしゃーい」

 

 扉を閉める音が聞こえたのか、店の奥から店員と思しき女性が出てきた。魔法使い然としていない、至って普通の身なりをしている。

 俺たちの姿を認めるや、店員さんは少し驚いたような表情をした。

 

 「あっ、この前の! 来てくれたんだね」

 「その節はどうも。取っておいてもらえてますか?」

 「もちろん。ちょっと待っててもらえる?」

 

 そう言って、店員さんは再び店の奥へと消える。

 一か月前、街から帰る直前にこの店に立ち寄った。そのときに一番初歩的だという魔導書を取り置いてもらっていて、今日はそれを買いに来たのだ。

 

 「あれ……?」

 

 店員さんの声が聞こえた。なにやら不穏な空気を感じる。

 

 「おっかしいなぁ」

 

 またも店員さんの声。今度は少し震えている。

 

 「確かにここに置いておいたはず……」

 「売っちゃったんじゃないでしょうね!?」

 

 耐えきれずにエドが叫んだ。俺もほとんど叫び出しそうだったが、今のを聞いてかえって落ち着いてしまった。

 

 「いや、売ってない売ってない!」

 「本当ですか!?」

 「本当だよ! 帳簿を見ても売った記録ないし!」

 

 店員さんは奥から出てきて、帳簿らしき冊子を開いた状態で掲げた。ここからではよく見えないが、堂々とした態度は嘘をついているようには見えない。

 このとき店員さんの目が潤んでいるのを見てしまい、いたたまれない気持ちになった。店員さんにとってもこれは想定外の事態なのだろうから、もう少し優しく接しよう。

 俺は努めて冷静に、思い浮かんだ考えを述べてみた。

 

 「売ってないとしたら、他の店員さんが動かしちゃったとかはありませんかね?」

 「店員は私だけだから……」

 「となると、泥棒?」

 「でも、朝一に見たときにはあったはずなの。私は一日中店を離れてないし、それはないと思う」

 「そうですか……」

 

 提示した可能性がことごとく否定されてしまう。俺とエドはもちろん、店員さんも途方に暮れているようだった。

 そこへ一筋の光が差した。比喩ではなく、物理的に。背後の扉が開いたのである。

 

 「おう、お客さんか。ずいぶん若いが、金は持っとるのか?」

 

 振り返ると戸口に白髪の男が立っていた。わずかに腰が曲がってはいるものの、目つきは鋭い。

 

 「あ、おじいちゃん。何してたの? あと、その言い方は失礼だよ」

 

 白髪の男は店員さんのお祖父さんのようだ。言われてみれば、はっきりとした目が似ているような。

 おじいさんは失礼を謝罪することなく、質問にだけ答えた。

 

 「ゴミを燃やしてきた」

 「ゴミって? 何かあったっけ」

 「ほれ、店の奥に初等魔導書が置いてあっただろう。ああいう程度の低いもんをまとめて燃やしてきたんだ。店の空間も限られとるからな」

 

 時が止まったかのような静寂。店員さんの激しい剣幕によってそれが破られるまでには、かなりの時間が過ぎ去ったように感じた。

 

 「何してんの、あれは売り物だよ!?」

 「いや、ゴミだ。あんな初心者向けのやつ、うちには相応しくない」

 「相応しくないって、そんな大層な店じゃないでしょうが!」

 「あの程度の魔導書で何をむきになってるんだ」


 激昂する店員さんに対し、おじいさんは飄々としていて悪びれる様子もない。そんな態度を見かねてか、店員さんの言葉は激しさを増していく。

 

 「あれはね、ここにいるお客さんが予約していたものだったの。だからむきになってるの。私に店を譲るって言ったくせに、勝手なことしないでよ!」

 「そんなこと知らんし」

 「知らなくても、私に許可なく店のものを燃やすのはおかしいでしょ!?」

 「元々は儂のものだから」

 「今は私のものだよね?」

 「まあ……」

 

 ここで初めて、おじいさんが気圧されたような気がした。店員さんも同じように感じたのか、おじいさんとの距離を詰めていく。

 

 「じゃあ話を戻すけど、私に許可なく燃やすのはおかしいよね?」

 「はい……」

 

 それから数度の問答の後、最終的におじいさんは店員さんに睨み下ろされる格好となり、店員さんと俺たちに謝罪をした。ついさっきまでの鋭い眼光は見る影もなく、もはや憐れみすら感じる。

 そして今度は店員さんが俺たちに向き直り、頭を下げた。

 

 「お客様が予約されていたものをなくしてしまったのは店の責任で、つまりは私の責任です。本当に申し訳ございませんでした」

 「ああ、いえ、そんな――」

 「責任があるって、じゃあ具体的にどうするんだよ。手がボロボロになるまで頑張って金稼いできたのに、謝られたくらいじゃ納得できねえぞ!」

 

 俺のしどろもどろの返答は、エドの雄叫びによって掻き消された。恫喝のような口調に半ば呆れつつ、これだけ堂々と主張できることに半ば感心してしまう。

 そんなエドの荒れっぷりを見ても店員さんは取り乱すことなく、冷静に補償を提案してくれた。

 

 「もちろん、それだけで済ませるつもりはありません。どれでもお好きな魔導書を一冊と、祖父の収集品を一つ差し上げるというのでどうでしょうか?」

 「なっ、儂のコレクションを勝手に!」

 「私の店の品を勝手に燃やしたんだから、私も勝手にさせてもらいます」

 「あう……」

 

 おじいさんのささやかな反抗はあっけなく退けられた。

 俺たちは提案を受け入れた後、店員さんと一緒に目的にあった魔導書を選び、おじいさんの蔵でコレクションを見せてもらった。どれも価値がわからなかったので、エドと相談して一番綺麗な石ころをもらうことにした。

 

 「これ、いいですか?」

 「ダメに決まって――」

 「ぜひもらってください!」

 「あう……」

 

 おじいさんには悪いけど、店員さんの顔を立てるためにもらっておいた。

 

 「それで、もらってから聞くのもなんですけど、これってどういうものなんですか?」

 「わからないのにそれを選んだのか!?」

 「悪いかよ」

 

 それまで黙っていたエドが生意気な口を利くと、おじいさんは余計に顔を赤くした。

 

 「封印結晶がどれほど貴重なものか知らんのか!? たとえ魔族だろうがその中に封印し、悠久の時の彼方に葬り去ることができるんだぞ!」

 「封印って?」

 「何も知らんのだな!」

 「なんだよ、教えてくれよ」

 「簡単に言うと、その結晶の中に閉じ込めちゃうのよ。結晶の中では時間がとてもゆっくり進むから……そうね、長い眠りに就くようなものね」

 

 おじいさんがそっぽを向いてしまったため、店員さんが教えてくれた。

 エドが質問を続ける。

 

 「閉じ込められたら、もう二度と出られないの?」

 「長い時間が経って、封印が解けるまでは出られないわね。封印を解除する魔法があるという噂はあるけど、今まで見てきたどの魔導書にも記載はなかったわ。だから、私はないと思っているの。つまり、一度封印してしまえば、人間には考えられないくらい長い時間、その中からは出てこられないってことね」

 「ふーん」

 「だからくれぐれも丁寧に扱ってね」

 

 店員さんの声に真剣なものを感じて神妙に頷く。珍しくエドもしかつめらしくしていた。


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