ある少年の話Ⅲ
この少年の話はもう少々続きます。
ほとんどすべての罠にトゲウサギがかかったのは、望外の結果だった。これならミレアのプレゼントを問題なく賄えるだけの金を稼げるはずだ。
トゲウサギには背骨に沿って強靭なトゲが生えていて、それが薬の素材として重宝されるらしく高く売れる。肉や皮は村で物々交換できるが、こればっかりは街へ売りに行かなければならない。
街へは馬車で行っても、朝から晩までかかる。気軽に足を向けられる場所ではないため、今回の訪問で、トゲの売却とプレゼントの購入を一度で済ませるなっていた。今のところ、プレゼントを何にするかは決めていない。
尻や腰が痛くなってきたころ、馬車は街へ到着した。
空は暗くなっているものの、魔法による灯りが街を昼間のように照らしている。
「よーし、やっとついたな! 早く売りに行こうぜ!」
「ちょっと休憩しない?」
「なに言ってんだ、馬鹿。早くプレゼント買うためにゃ、一刻も早く売らねえと」
「だって疲れたじゃん」
「ずっと座ってただけのくせに、なんで疲れてんだよ」
いつだったかの意趣返しに、俺は苦笑せざるを得なかった。
「まあ落ち着け。もうこの時間じゃ市場は閉まってる。トゲを売りに行くのは明日だ。俺たちが今すべきは、宿を探すことじゃないか?」
深みのある渋い声。父さんだ。
「よーし、早く宿探しに行こうぜ!」
見事なまでに意見を翻し、エドは宿探しの先陣を切った。
翌朝、朝食を済ませて市場価格の調査に出た。手分けをすることなく、俺とエドは父さんについて回る。子どもだけだと足元を見られ、せっかくの高級品に安値をつけられてしまう恐れがあるからだ。父さんについてきてもらったのは、その不当な買い取りを防ぐためである。
試しに俺とエドだけで買い取りを頼んでみると、父さんが提示された額の半額以下だった。来年には一六歳で成人を迎えるというのに、この舐められよう。無性に腹が立ったし、悔しかった。こういう子どもを舐めた大人にはなりたくないものだ。
結局、薬屋に買い取ってもらった。次点に提示価格のよかった素材屋とはかなりの差があり、素材屋がかなりの利幅を取っていることを知った。エドが将来は素材屋で決まりだと騒いでいた。エドは計算ができないから、たぶん無理だと思う。
なるべく多くをプレゼント代に回すため、昼食は抜いた。不服そうにしていた父さんを宿に置き、エドとともに街へ繰り出す。
「おい、これ食おうぜ!」
エドが示したのは、何かの肉を串に刺したものだった。昼食は食べないことに決めたはずなのに、宿を出て十秒でこの有様。先が思いやられる。
「プレゼント買って、それでもお金が余ったらな」
「この守銭奴が」
「ふん、なんとでも呼べ」
出鼻を挫かれはしたものの、宿探しや価格調査で街をうろついていたおかげで効率よくプレゼント探しをすることができた。
結果、余計に迷って何も決められなかった。
路地の階段に腰を下ろし、想定外の事態に嘆く。
「プレゼント選びがこんなに難しいなんて……」
「ああ、同感だ。もうこうなったら、予算内で一番高いもの買って帰ろうぜ」
「いや、欲しくないものをもらっても嬉しくないでしょ。どうせ買うなら、喜んでもらわないと」
「そうは言っても、もうすぐ帰らないと二泊目に突入することになるぞ。そうなったら予算が減っちまうじゃねえか」
「ううん、それはわかってるんだけど……」
ミレアはどんなものを喜ぶだろう。
これまで一緒に過ごした時間に思いを馳せて、何かヒントがないか考えてみる。たわいなく、かけがえのない記憶が蘇り、自然と口角が上がってしまっていた。
そして記憶を振り返るうえで避けて通れないのが、エドの存在である。俺の記憶のどんな場面にもエドが登場するのだ。
三人で過ごした子どもの時間。今でも子どもだけど、もっともっと純粋だった。三人とも純粋すぎて、練習さえすれば誰でも魔法が使えると信じていたくらいだ。
村唯一の魔導書を小さな教会から持ち出して、誰一人文字が読めないくせに、膝を突き合わせて魔導書を眺めた記憶がある。それがバレて怒られて、それでもめげずに文字の読み方を教わって魔法の練習に励んだ。最終的に、村を訪れた魔法使いの人に三人とも才能がないと言われ、全員で泣きじゃくったのだった。
懐かしい思い出のおかげで、なんだかとても幸せな気分になった。それと同時に、ミレアにもエドにもあの日々を思い出してもらいたくなった。
そう思ったとき、プレゼントは自然と決まった。これはきっと、子どもとしての最後の誕生日に相応しいプレゼントになるはずだ。
「エド、プレゼントが決まったよ」
「おお、じゃあ早く買いに行かねえと!」
「いや、今日は無理だ。お金が足りない」
「は? 何を買おうってんだよ」
答えを耳打ちすると、エドは十年前に魔導書を盗み出したときのような、いたずら坊主の笑みを浮かべていた。




