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救世主計画  作者: 数多 或
少年編①
25/48

ある少年の話Ⅱ

 プレゼントに何を渡せばいいのか、俺とエドは三日三晩頭を悩ませた。結論として、狩りで小銭を稼いで、街で何かを買うことにした。その何かは決まっていないけど、街にあるものがわからないから仕方がない。街ならきっと、何かいいものがあるはずだ。

 俺たち農民は本来、狩りで金を稼いではいけない。農業以外から金銭を得ることが違法なのだ。その農業ですら与えられた土地でしか営めないため、今までは金を稼ぐこと自体がほとんど不可能だった。

 

 しかし、魔族の侵攻が激化したことで状況が変わった。一部の地域で人口が激減し、それは農民階級で著しかった。すると困ったのは領主階級である。税として納められていた作物がなくなり、生活がままならなくなったのだ。

 農民を失った領主たちは、破格の条件で土地を与えることで他の領地から農民を移住させようと企んだ。これは農民を略奪するようなもので、当然他の領主たちの妨害に遭うこととなる。が、問題の根幹が魔族の侵攻激化にある以上、この流れを止めることはできず、農民にどれだけいい条件を与えるかという競争へと発展したのだ。 

 その過程で、俺たちの村でも色々な規制が緩和されていった。その一つが、農業以外で金を稼ぐことを認めるというものだった。基本は農業に従事しなければならないのだが、最低限の義務を果たしさえすれば、あとは自由にしていいことになっている。ここは今まで一度も魔族の侵攻を受けていないにもかかわらず、労働条件がよくなったのは運がいいとしか言いようがない。

 

 プレゼントについて考えていたはずなのに、いつの間にか脇道に逸れていた。俺が世界の流れを考察してみたところで、何の役にも立たない。こんな無意味な時間を過ごす羽目になっているのは、すべてエドのせいだ。

 

 待っている間に木陰がずれて、脚に日が当たるようになっている。夏はまだこれからだが、日に当たると暑い。

 

 「遅い、遅すぎる」


 集合の目安にしていた朝休憩開始の鐘が鳴り、その終わりを知らせる鐘が鳴ってしばらく経つも、エドが現れる気配ない。来年からこの鐘に沿って行動しなければならないというのに、あいつはやっていけるのだろうか。心配である。

 

 「悪い、遅くなった!」

 

 どこからともなくエドの声が聞こえてきたのは、それから体感で十分ほど経っていたと思われる。エドが遅れることを見越して、俺は朝休憩の鐘が鳴ってから家を出たというのに、エドの遅刻具合は俺の想像を超えていた。

 無言で手を上げて応えると、エドは速度を上げて走り始めた。俺が怒っていると思っているのかもしれない。実際には呆れていると言った方が正しいのだけど。

 

 待ち合わせ場所にしていた大木に到着するなり、肩に担いでいた麻袋を下ろした。何が入っているのか、やけに大きい気がする。

 膝に手をついて、肩をわざとらしいほどに上下させて息をするエド。それだけ急いでいたというアピールだろうか。

 なんの前触れもなく顔を上げると、エドは麻袋を指で示して言った。


 「いやー、申し訳ないとは思ってるんだけどさ、罠を増産してたんだよ。これで許してくれねえか?」

 「見せてみろよ」

 「ほれ」

 

 どうせくだらない言い訳だと思ったら、エドが開けた麻袋の中には、確かに大量の罠が入っていた。これなら無駄にした時間の埋め合わせになる。

 

 「よし、許す」

 「よっしゃ! 自分でも遅刻すると思ってたからさ、こつこつ罠を作り続けてたんだよな」

 「努力の方向性を間違えすぎてるだろ」

 

 がはは、と豪快に笑い、エドは麻袋を担ぎ直して歩き出した。仕方がないので、俺も後を追った。大木がぽつんと生えたなだらかな丘を駆け降り、すぐ前方に見えている森へと向かう。豊かな緑の香りは、豊猟を予感させた。

 

 トゲウサギは巣を作るわけではないが、決まった縄張りの範囲内で行動することが多い。そのため、近くにまとめて仕掛けるのは有効ではない。とにかく歩いて、広範囲に仕掛ける方がよく捕れる。

 今回使用するのは、植物のツルで輪を作ったくくり罠。このツルには毒があり、獲物が暴れて傷ができると毒が入る。毒には麻酔効果があるため、獲物が傷つきすぎたり、逃げたりするのを防いでくれるのだ。この毒は肉には溜まらない――実は溜まるのかもしれないけど、今まで食中毒は起きていない――ので、肉まで食べられるところもありがたい。

 

 罠を仕掛け終えたのは、森の中で目が効きづらくなってきたころだった。昼飯も食べずに作業を続けたせいでくたくただし、家に着く頃には完全に日が暮れていると思う。罠を増やしたエドを恨むしかあるまい。

 

 「最初に仕掛けたやつを見てから帰ろうぜ」

 「まあ、いいけど」

 

 こんな日の暮れはじめに、夜行性のトゲウサギがかかっているはずがない。そうは思ってはいても、確認せずにはいられなかった。

 

 「嘘だろ⁉」

 

 素っ頓狂な声を上げたのはエドだった。俺も声こそ上げなかったものの、気分はエドと全く同じだった。なぜなら、帰りがけに見た三か所全てでトゲウサギがかかっていたから。

 こんなことがありえるのか。信じられない思いだったが、実際に起きたのだから信じるしかない。

 

 「こんなこと、あるんだなあ……」

 

 しみじみ呟くエドを尻目に、いそいそとツルを断ち切って獲物を回収する。この場で血抜きをするには、もう時間が遅くなりすぎている。今は帰ることを優先したい。

 

 「早く帰ろう。夜の森って危ないし」 

 「お、ビビってんんか?」

 「違うよ。腹減ってるだけ」

 「あ、それは俺も」

 

 エドはのんきだが、俺は焦っていた。なんとなく嫌な空気を感じていたのだ。それが何かは説明できないのが歯痒かった。

 真っ暗になってから家に着き、母さんの温かい料理を口にしたときにはひどく安心した。すべては俺の勘違いだったのだろう。そう思うと馬鹿らしくなってしまい、あの嫌な感じはすぐに忘れてしまった。

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