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救世主計画  作者: 数多 或
救世主編①
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2. 想定外

 目覚めは籠の中だった。籠は深さがあり、寝たままでは周囲を窺い知ることはできない。

試しに身体を動かしてみると、腕を持ち上げるのが精一杯だった。薄く開いた瞼の隙間から見えた腕は、ぷっくりとして張りがあり、溢れんばかりの生を感じさせる。自分が魔族に転生してしまったのではないか、とわずかに疑っていたのだが、これは明らかに人間の 赤子の腕だ。

 一安心したところで、すぐに次の不安が襲ってくる。この不安は、状況の不透明性からくるものであることはわかりきっている。これを解消するには、情報を集めるしかない。しかし今は、ここがどこなのかすら調べようがない。


 肉体の支配権はすでに私にあるようだが、新生児の身体では籠から顔を出すことは不可能。魔法を使って偵察するという手に関しても、魔族にバレないとも限らないため難しい。

いったい、どうすればいいというのか。

 無為に時間を過ごしてもいられないことはわかっている。もし私が考えているような最悪の仮説通りならば、一刻も早く行動を起こさねばならないのだから。と言っても、今はまだ満足に身体を動かすことはできないため、まずはその準備からなのだが。

 

 それではここは一つ、先ほどの魔族の会話を吟味してみよう。気になったのは、「献上」、「戦士」、「養成機関」という三つの言葉だ。

 これら三つの言葉の繋がりは、文脈から容易に推察できる。すなわち、「『養成機関』が『戦士』を育て、それを魔王に『献上』する」というわけだ。では、私は将来的に戦士として魔王に献上される、ということなのだろうか。あの会話からはそう察せられる。

 

 私の知る限りでは、人間が魔王に献上されていたという事実はない。戦士というのが文字通りの意味であるならば、なおさら人間が魔王に献上される意味がわからない。肉体面では人間は魔族に劣っており、それはそのまま戦士として劣っているということになるからだ。

 しかも、その献上する戦士はわざわざ魔族が育てるというではないか。人間と戦争中に、人間の戦士を育てる? 意味がわからない。

 考えれば考えるほど、最悪な仮説が真実味を帯びてくる。そんなことはあり得ないと切り捨てるのは簡単だが、思考を止めるわけにはいかない。事態が凄惨であれはあるほど、救世主たる私の使命は重みを増すのだから。

 

 しばらく考えを巡らせていると、魔族の気配が近づいてくるのがわかった。気配は二つで、真っ直ぐこちらに向かってくる。先刻の会話から考えるに殺されることはないと思うが、警戒しておくに越したことはない。

 二つのうち一つの足音が止まり、視界が仄暗くなった。魔族が籠を覗き込んだことにより、明かりが遮られたのだ。

ややあって、もう一つの足音が止まった。私の籠とは離れた場所で止まったようである。

 

 突如、身体が宙に浮いた。抱き上げられたのだと理解したときには、すでに左腕に抱えられていた。魔族は人型以外も多いが、手の形や関節の位置などから、人型魔族の左腕なのだと判断した。滑らかな動作から、手慣れている印象を受けた。

 

 「ほれ、飲みな」

 

 そう言うなり、魔族は私の下唇辺りに何かを押し当ててきた。この声は、あのとき会話をしていた魔族の片割れだ。私を取り上げた方ではない、軽薄な態度のやつ。

 物体の角度がわずかにズレると液体が流れ、顎の方へ伝っていく。魔族がどうやって人間の子を育てるかは知らないが、これは授乳のようなものだと考えられる。とはいえ、得体の知れない液体を口にしたくはない。

 

 「おーい、口を開けてくれ」

 

 口を開ける前に、目を細く開けてみる。黒いカップの縁に溜まった薄紅色の液体。少し鉄臭いのは、カップの匂いだろうか。カップを持つ手は人のものによく似ているが、色が紫色をしていた。それだけ確認し、再び目を閉じる。

 

 「いやいや、目じゃなくて口だって」

 

 魔族は穏やかな調子で言った。まるで我が子を可愛がるかのように。

 

 「口を開けないのか?」

 

 別の声が聞こえた。こっちは先ほど私を抱えていた、先輩と呼ばれていた方である。二体の名前がわからないため、便宜上、先輩、後輩と呼んでおこうと思う。

 

 「そうなんすよ」

 「反射がないということか? もしそうなら、少々まずいな」

 「ちょっと待ってください。もう少し試してみます」

 「ああ」

 

 反射とはおそらく、新生児に見られる一連の哺乳反射のことだろう。私の魂が肉体を支配してしまった影響で、そうした原始的な反射が失われてしまっている可能性がある。

 反射がないとまずい、という旨の発言があったが、確かにそれはまずい。なぜなら、それは新生児に障害がある恐れを示唆しているからだ。もちろん、それだけでは何の障害もないことも多いのだが、魔族たちが人間の赤子に対する十分な知識を持っているとも限らない。

 どう行動すべきか思案する間にも、何度かカップが唇に当てられる。

 

 「ダメみたいっす」

 

 口を開けようとしたタイミングで、後輩は諦めてしまった。なんて間の悪いやつだ、と口の中で罵った。

 ここで障害があると見なされ、戦士としてしては不適格であるとの烙印を押されてしまえば、殺処分という最悪の処置もありうる。そうなると、ここにいる魔族を全滅させるしか生き延びる道がなくなってしまうが、さすがに生まれたばかりでそれは厳しい。

 ダメだ。いくら魔法や武術に精通していても、新生児として魔族の前でどのように振る舞えばいいかなどわかるわけがない。そんな知識が必要になるなんて、事前に想定できるわけがないだろ。


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