19. 転移魔法陣
「ああ!」
イアスの情けない声が聞こえた。子どもを心配しているのか、自分の将来を心配しているのかはわからないが、強い不安が浮き彫りになっていた。
木に打ちつけられ、突如として浮遊感が失われる。これで計画通りに班から離脱することができた。竜はいまだ暴れており、その音が少し遠くから聞こえてくる。命令を忠実に実行しているらしい。
竜は私が反逆者集団に用意させたものだ。イアスと互角に戦える程度の竜を捕らえさせ、それを調教させたのだ。とはいえ、この仕事はトバルを失った反逆者集団には荷が重かった。そのため、竜の捕獲・調教には私が自作した魔法具を使用している。
さて、竜は私を離脱させた後には、子どもたちがバラバラに逃げ出すまで暴れてもらうことになっている。もし逃げ出さないようなら、適当に子どもを誘拐してもらう。
私の代は十八人も戦士候補がいるため、私と二九九号の二人が欠けても捜索しないかもしれないが、さすがに六人も欠ければ多少の捜索をするだろう。やつらが捜索に時間を割いている間、私は計画を進めるという算段だ。二九九号を攫ったのは、彼女が見つからなければ二九七号が捜索の継続を主張してくれるのではないかと考えたからである。要は時間稼ぎだ。
前世時代においてこの一帯は人間の領土であり、ある程度の土地勘がある。近くの転移魔法陣を使用し、目的地への道のりを短縮したい。
木々の上に飛び出し、二九九号を背負ったまま飛行魔法で森を北上する。飛行魔法を使用しているのは、足跡を残して追跡されるのを防ぐためだ。
一時間とかからず、目的の転移魔法陣へと到着する。
背中の二九九号は気を失ったままだった。ここまで連れてくれば、二九九号が自力で班に戻ったり、魔族が二九九号を発見したりする可能性はほとんどない。時間稼ぎという目的は達成できることになる。連れていけば足手まといになるのは確実であり、合理的に考えればここに置いておくのが最善だ。
しかし、置いていけば凍死するか、魔獣の餌になるかの二択だ。二九九号が死ねば……いや、死んだからどうだと言うのだ。計画に支障はない。ここに置いておくのが――
「ここどこ?」
耳元で眠そうな声が聞こえた。二九九号だ。
「あったかい……」
彼女はそれだけ言って、すうすうと寝息を立て始めた。
……そうだ、二九九号が死ねば、二九七号に怒りを向けられるかもしれない。それは面倒だ。連れていった方がいい。
私は転移魔法陣を踏み、二九九号とともに空間を跳躍した。
気づいたときには森ではなく、岩山にいた。月の代わりに、昇り始めた太陽が見える。
この岩山は奇妙な円状の山脈を形成しており、その中央にはまた山がそびえている。その中央の山、聖峰アールヴこそが私の目的地。そこでしか採れない特殊な鉱石が疑似聖剣の作成に必要なのだ。
「やあ、来たね」
背後から声を掛けられる。振り返ると、金髪の男。殺したトバルが蘇ったのかと思うほどよく似ている。トバルの弟が迎えに来るという話だったが、間違いなくこいつだろう。
「お前がガレスか。竜の手配、ご苦労だったな」
「うわ、その見た目でその口調、ちょっと混乱しちゃうな。生意気なクソガキって感じがするよ」
軽薄な物言い。ペラペラとよく口が回るところも兄に似ている。私が何も答えないでいると、ガレスは咳払いをして話題を移した。
「その女の子は?」
「ああ、成り行きでな」
「そうか。近くに仲間がいるから、山に入る前に預けた方がいいかもしれないね」
「別に大した問題にはならん」
「いや、それが少し厄介なことになってるんだ」
「どういうことだ」
私が問うと、ガレスはやや顔つきを険しくした。
「聖峰の周辺に魔族が集まっている」
「なに?」
疑似聖剣の作成に関わるため、聖峰の存在は秘匿されてきた。人間でもほんの一握りの者しか知らないはずなのに、魔族が集まっているというのは不自然だ。
「数年前に来たときには一体も見かけなかったから、この何年かで発見されてしまったんだと思う」
「魔王の治世が始まって五十年、今までに見つける機会は十分あったはずだ。にもかかわらず、私が転生してきたのと同時期に発見されると言うのは不自然だと言わざるを得ない」
「つまり?」
「お前たちの中に、裏切り者がいるのかもしれない」
「そんなバカなことがあるか。なぜ我ら勇者の末裔が魔族に与する必要がある」
「それは裏切り者に直接聞くしかあるまい」
「裏切り者なんていない。あんたの勘違いだ」
ガレスは嘲笑とともに切り捨てた。ガレスの態度はただの思考放棄にしか思えないが、別に構わない。裏切り者がいようといまいと、私のすることは変わらないのだから。
しかしガレスの言う通り、本当に裏切り者がいないとしたら? 聖峰に魔族がいることを偶然だと片付けていいのか?
得体の知れぬ気味悪さを感じたが、ガレスの先導によって移動が開始されたため、思考は中断されてしまった。




