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救世主計画  作者: 数多 或
救世主編①
17/48

17. 計画の進展

 アンティエルを窓口とし、文通にて反逆者集団と交流を重ねる日々が続いた。反逆者集団を代表していたのは私が殺したトバルの弟で、手紙はそいつから送られてくる。文面のみで信頼関係を築くのは難しく、私が転生者であると書いても信じてもらえなかった。

 しかしその証明として疑似聖剣の作成方法について知っていることを一部書き記すと、態度は一変し、すぐさま信頼を勝ち得ることができた。疑似聖剣の作成方法はアッシャー王家や勇者一族といった限られた者しか知らず、養成機関の子どもは知る由もないはずだからである。

 

 聖剣が紛失して以降、人間が作りだした聖剣の模造品。それが疑似聖剣だ。魔族に対して極めて強大な力を発揮するため、魔王を倒すためには必要不可欠とされている。いずれは私も手にいれなければならないだろう。

 信頼を得たあとにはまず、トバルとマナ――女の侵入者――を殺した魔族がイアスであるという偽の情報を流した。特定の魔族を恨ませることにより、彼らに目標を与え、その目標を達成するために私とより深い協力関係を結ぼうと思わせることが目的だ。

 そのため、別にそれがイアスである必要があったわけではない。ただ単に、私がイアスの情報を集めやすい立場であるがゆえに、選ばれてしまっただけだ。

 

 二歳を迎え、初歩的な戦闘訓練が始まった。かなりの早期教育に思われるが、私がいる魔王都養成機関は最も権威ある養成機関らしく、その誇りを守るために厳しい教育が行われているのだとか。

 確かに教育は良質で、五歳になるころには私の同期である戦士候補十八人――双子が二組いるため、予定より二人多い――はみな、成人男性を素手で倒せる力を手に入れていた。付記しておくと、相手となった成人男性は剣闘奴隷ではなく、通常の作業用奴隷である。

 そんな中でも二九七号は別格で、一人で他の十七人を一度に相手にすることも可能だった。もちろん、目立ちたくない私は手加減をしているのだが。

 しかし、期せずして私は目立つ存在になっていた。他の子どもたちが訓練中に泣くことがあるのに対し、私は産声以来、一度も泣いていないからだ。目立つと動きづらくなるため、この状況は非常に都合が悪かったのだが、如何せん泣き方がわからない。転生したら泣く技術が必要になるとは想定外だった。

  

 そして翌年、六歳を迎えた。この年からようやく、私の計画をようやく始動させられる。

 

 「時間だ、全員集まったな。今日から養成機関の敷地外で対魔獣戦闘訓練を開始する。引率はそれぞれの担当が持ち回りで行う。今日は私、イアス、ラミだ。早速出発する。ついてこい」

 

 各自が寮の部屋から集合するや否や、フィデルは最小限の連絡事項だけを告げ、魔獣が多く住まう森へと出発した。


 剣闘には対人戦の他に対魔獣戦がある。魔王主催の剣闘大会でも最初に対魔獣戦を行い、そこで戦士候補を一気にふるい落とすのだと説明を受けた。そんな序盤で脱落者を出すわけにはいかないため、今年からは対魔獣戦闘訓練もある程度の頻度で実施されるらしい。

 アンティエルからこの訓練について聞いた私は、これが養成機関の敷地外に出られるほとんど唯一の機会だと知った。私が十六歳で剣闘大会に出場するまでの十年で、果たして計画を完遂することができるだろうか。


 外に出て振り返ると、天を貫くかのような尖塔がいくつも見える。魔王城の一部である。養成機関も巨大な建造物であり、敷地だけなら魔王城を凌ぐかもしれないが、高さでは魔王城に軍配が上がる。いずれあの城の主を討ち滅ぼさねばならないのだと意識すると、覚悟がより一層深まるようだった。

 手配されている竜車までは城下町を行く。街は瘴気が満ちているものの驚くほど清潔で、優美な建築が立ち並び、思わず目を惹かれてしまった。かつてのアッシャー王国王都よりも、はるかに整備されている印象を受けた。しかしこの素晴らしい街並みは、全ては人間の犠牲の上に成り立っているのだ。


 「ねえ、あの人たちは何をやっているの?」

 

 二九九号が小声で尋ねてきた。彼女の視線の先には、服がほとんど擦り切れた裸同然の男。彼は地面に這いつくばり、何かをつまんでは籠に入れていた。

 

 「たぶん、ゴミ拾いをしているんじゃないかな?」

 「ゴミ拾い?」

 「街の景観を保つためのお仕事だよ」

 「へえ」


 二九九号は感心したように頷いた。彼女は成績こそ芳しくないものの、誰にでも優しく、子どもたちの誰からも愛されていた。


 「大変そうなお仕事ね」

 「僕たちの将来の仕事だって、楽なもんじゃないさ」

 「それもそうだね」


 私たちはすでに戦士として育てられていることを知っている。とはいえ、将来的にここにいる全員で殺し合うことになることまでは知らない。そのとき心優しき二九九号は、相手となる誰かを殺せるのだろうか。いや、そんなことは私の知ったことではない。同族殺しの忌避感を拭い去れるかどうかは、やつら、養成機関の魔族たちの仕事ぶりにかかっている。

 街の至るところ、先ほどの男のような奴隷が溢れていた。ある者は窓を拭き、ある者は石畳を磨き、ある者は扉を修理し、ある者は他人が拾ったゴミを自分の籠に入れている。拾ったゴミの数によって働きぶりを評価されるのかもしれない。

 窓拭きの女が倒れると、どこからともなく現れた魔族が彼女を引きずっていく。骨に皮膚が張りつくほど痩せてしまった彼女には、もはや生きる力は残されていないだろう。死ぬまで魔族のために働かされていたということだ。


 竜車に乗り、二時間の道のり。初日はそれほど遠出しないと聞かされていたが、これもアンティエルの言った通りだった。


 「私たち三人がそれぞれ六人を連れ、この平原を探索する。遭遇した魔獣を討伐し、ここへ戻る。時間は日暮れまで。詳しい説明はそれぞれの担当から聞け」


 例のごとくフィデルの伝達は簡潔である。


 二九七号から三〇二号の上から六人がイアス、次の六人がラミ、残りがフィデルの引率と決まった。番号が早いほど生まれたのも早いため、六歳という年齢を考えると、番号が早い方が優秀な傾向にある。イアスが早い番号の六人を任されたのは、一番若くて経験が浅いからだろう。想定通りだ。


 訓練自体は無難にこなした。途中、二九七号ですら苦戦する小型の竜に遭遇する場面があったが、イアスが難なく対処した。二九七号の実力はすでにアッシャー王国の正規兵を超えていると思われるが、イアスはそれをはるかに上回っているということである。思っていたよりも、計画の実行は骨が折れそうである。


 こうした遠征は回数を重ねるごとに魔王都から離れるようになり、やがて二日がかりの遠征も当たり前になっていた。遠征は帰還と次回の出発の間で、きっちり十日空く。引率は三体の魔族が班として固定されており、計六班。遠征地は七か所を順番に回っている。

 私の計画に都合がよいのは、引率にイアスが含まれ、かつ北西の森が遠征地であるパターン。今まで通りの傾向が続くなら、あと一三八日でこのパターンが来る。それまでに反逆者たちと計画を詰めなければならない。

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