15. 協力関係
転生者であると言い当てられて動揺していたが、冷静になってみれば先生が心を読めるはずがないのはわかりきったことだった。本当に心が読めるのなら、最初に検査に訪れたときに指摘すればよかったのだから。だが私を相手に今回のような芝居を打った度胸に免じて、その嘘は不問に付すこととした。
先生――途中でアンティエルと名乗った――からはまず、どのようにして私が転生者であると考えるに至ったかについての話を聞いた。
「全く確証はありませんでしたが、奇妙な事実を論理立てて説明するには二九八号が転生者だとするのが妥当だと思ったのです」
『奇妙な事実とは?』
「はい。いくつかあるのですが、最初に生存者の傷跡に注目しました。新生児室担当の二人が刃物、一人が打撲、応援の二人が打撲だったのです。この違いが気になって調べると、新生児室以外で死亡した者は剣、新生児室で死亡した者は殴打で死亡していたことがわかりました。剣が折れたために戦闘方法を変更したのだろうという見解が広まりましたが、私はそれに納得できなかったのです」
『なぜだ?』
「剣の折れ方が不自然だったからです。何かを切る時に折れたとは思えない折れ方でした」
『なるほどな。確かにあれは私が握り潰したせいで折れたのだ』
「さようでありましたか」
なぜかアンティエルは、このように慇懃な態度を取るようになっていた。私がいつでも自分のことを殺せるのだと認識したせいかもしれない。
『続けろ』
「はい。剣の折れ方については疑問が生まれただけで、そのときは解決のしようがありませんでした。なので、次に剣がいつ折れたかを考えました。これは簡単で、切り傷を負った新生児室担当のフィデルとラミが切られた後、打撲を負った新生児室担当のイアスが殴られる、あるいは蹴られる前だと考えられます。これは生存した応援の者の話から裏が取れています」
『それで?』
「論理的に考えるならば、イアスが剣を折ったとするのが妥当です。しかし本人にはその記憶がない。これを知ったときには途方に暮れましたが、イアスについて思い出したことがありました。それは以前、イアスが突然暴れだしたときのことです。いきなり吐いたと思ったら笑って、暴れ出したのです」
『ああ、それは――』
アンティエルが私の念話を遮る。少々得意になっていているらしい。
「そうです。あの直前に儂、いえ私は、人類が魔王に支配されているという話をしました。そのときのイアスの様子を思い出すと、まるでそのことを初めて聞いたかのようでした。なぜ急にそんなことを思い出したのかはわかりませんでしたが、そのおかげで一連の奇妙な事実が、これまた奇妙ではありますが論理的に繋がったのです。すなわち、イアスの身体に別の魂が憑依していたのではないか、そしてそれは転生者ではないのか、と」
『ずいぶん飛躍していそうだが』
「そうかもしれません。これは閃きのようなものでしたから。しかし、魔法を使えるのは人間だけですからイアスに憑依していたのは人間で、人間が魔王に支配されているというのを聞いて驚いたせいで想定外の魂の離脱が発生し、それによってイアスが混乱状態に陥って暴れだしたと考えれば筋が通ります。そして憑依魔法の存在を認めれば、イアスが剣を折った記憶がないことも容易く説明がつくのです。私もこれは荒唐無稽な閃きに思いましたが、こうして現実に正しかったのですから飛躍など問題ではないでしょう」
アンティエルの言う通りだ。いくら論理に飛躍があろうと、その仮説の真偽を明らかにする手段があるのなら問題はない。そして実際、アンティエルはそれをやってのけたのである。
『それで、転生者の話はどうした』
「魔王様が人間を完全な支配下に置いてから五十年経ちますから、今の時代の人間で私の話に驚く者はいないはずです。しかもイアスが接する人間は新生児だけで、ただの新生児が憑依魔法を使えるとも思えません。これら二つのことから、イアスが何者かに憑依されていたなら、それは転生者ではないかと考えました」
なるほど。憑依魔法の存在を知っていれば、これまでに語られたような推理は自然と受け入れることができる。
『そしてお前は心が読めるフリをし、自らの仮説を立証して見せたわけだ』
「まさかここまで上手くいくとは思いませんでしたがね」
『無視を決め込むこともできたが、利用できる魔族を用意しておくのも悪くないと思っただけだ』
その判断に至るまでに、若干の動揺があったとは言えなかった。
「それで、私の研究の方に協力していただけるのですよね?」
『ああ、それが私の妨げにならなければな』
「おお、ありがたき幸せにございます!」
こうして私とアンティエルは協力関係を結んだのだった。




