12. 転生後、初戦闘
空気を引き裂く音とともに、長剣が近づいてくる。丁寧に拭ったおかげで、長剣は金属らしい光沢を放っていた。きっと切れ味も本来のものを取り戻しているに違いない。しっかりと握りしめられた柄には装飾がなく、純粋に殺しだけを追及して作られていることがわかる。
攻撃が私に届くのが遅すぎて、あと少しで剣の批評を始めそうになっていたときだった。
剣が伸びた。それをイアスの目が捉えてから、私がその情報をもとにイアスの身体を操作するまでには、ほんのわずかな時間差がある。これでは当初予定していた回避行動は間に合わない。
仕方がないので、剣を掴む。
「なッ!?」
男の顔が驚愕に染まる。戦闘中に驚いている暇などない。驚いている暇があったら、二の手三の手を繰り出すなり、剣を手放して距離を取るなりすべきである。
そのまま剣を握り折ったところで、男は我に返った。剣先四分の一が欠けた剣を手に、攻撃時よりも俊敏な動きで距離を取った。顔にはいまだに驚愕が張り付いている。
戦闘に驚きなどあってはならない。あらゆる事態を想定していれば、驚くことはないのだから。言い換えれば、戦闘における驚きとは準備不足の露呈なのである。
魔族に憑依している最中には、どうやら魔法は使えなさそうだった。体内に魔力が巡っておらず、どこからどうやって魔力を引き出せばいいのかわからないのだ。そういうわけで、治癒魔法で手のひらの傷を癒すのは諦めるしかあるまい。
そう考えていた矢先、手のひらの傷は若干のむず痒さとともに治ってしまった。これが魔族の自己再生能力か。体感すると恐ろしいものである。
「お前は、何だ……」
男の表情はすでに、驚愕から恐怖へと転じていた。もう少し骨のあるやつと戦って戦闘感覚を取り戻したかったのだが、自惚れが強い分、この男は逆境に弱かったのであろう。すでに戦意を喪失してしまっている。
もはやこいつは必要ない、処分しよう。そう思ったのだが、よりよい利用方法が浮かんだ。
私の本体が入った籠を持ち、そのまま男へと近づく。男はわけもわからぬまま、ただ震えている。これは都合がいい。
胸元に籠を押しつけると、男は剣を捨ててそれを抱いた。抵抗しないことが唯一の生存戦略であると気づいたようだ。
ここで私は憑依魔法を解除した。胸の高さで籠を抱える男の瞳は、籠の中からよく見えた。恐怖によって焦点が合わなくなっているため、「おぎゃあ」と呼びかけてやる。すると、狙い通りこちらを見た。
その瞬間、男の身体は私のものとなった。
とりあえず、目の前で呆けているイアスを蹴り飛ばす。この時機を見計らっていたかのように、そこへ魔族の応援が駆けつけてきた。数は十を超えている。
「さあ、第二幕といこうか」
例の柔和な笑みを真似た。我ながらいい演技だったと思う。
第二幕が最大に盛り上がったのは、開幕の瞬間だった。それ以降は盛り下がる一方で、特筆すべきことは何も起こらなかった。ただ一方的に、魔族が蹂躙されただけである。これは最強の戦士に与えられた宿命なのかもしれない。
戦闘――作業と言ってもいいかもしれない――が終了したときには、赤黒い血が部屋中を侵していた。同じ色の血が流れているというのに、なぜ魔族と人類は争うのか。
それはきっと、私による救世を待っているからなのだと思う。それ以外に争う理由など、何もないではないか。
三つの籠を元の位置に戻すとき、血の足跡がついてしまった。これでは金髪の男が籠の位置を整えたことが露見してしまう。男の目的は赤子を連れ去ることであるから、この行動は不自然である。足跡の隠蔽工作を施しておく方がいいだろう。
それが済むと、剣を拾い上げて男の喉に突き立てた。鮮血の飛沫が第二幕の閉幕を告げた。




