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救世主計画  作者: 数多 或
救世主編①
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1. 転生魔法発動

暇つぶしリストの末席にでも加えていただけると幸いです。

 地下大聖堂に集められたのは、三万人の市民、国王、大臣、そして先々代勇者の三男たる私。何も知らぬ市民たちには盲従魔法がかけられており、指示がなければ人形のようなものである。そのためこれだけの大所帯でありながら、大聖堂はこれ以上ないほどの静寂に包まれていた。少なくとも、祭壇上にいる私の耳には彼ら三万人の息遣いは届かない。

 盲従魔法は文字通り、相手を自分に盲従させる魔法である。倫理的に問題があると禁じられてはいるものの、これから行われることに比べれば、それは実に些末な問題だった。

 

 「もしも、本当にもしもだが、お前の甥たちが魔王討伐に失敗すれば、今度こそ我々人類は窮地に立たされることになる。そのときは何としてでも、どんな犠牲を払ってでも、救世主として人類を救ってくれ。頼む」

 

 国王は私の手を取り、その目をかすかに潤ませながら懇願した。

 私は笑顔を作り、いつもの調子で答える。


 「ええ、お任せください」

 「それにしても不思議なものだな。我々はこの歳までともに成長してきたわけだが、私はこれからお前のいない人生を歩み、そのあとでお前は私のいない人生を歩むことになるなんて」

 「ええ、本当に不思議なものです」

 「こんなときだと言うのに、お前はいつも通りだな。今生の別れだという気がまるでしない」

 「しみったれた別れはお嫌いでしょう?」

 「そのはずなのだが、歳のせいか、いささか感傷的になりやすくなっているらしい」

 「申し訳ありません。私だけ若返ってしまいますが」

 「構うものか。それが人類のためだ」

 「そうですね」

 

 しばしの沈黙。早々に切り上げねば余計なことを口走りそうなため、自ら作った沈黙を自ら破った。

 

 「では、そろそろ」

 「ああ」

 「さようなら」

 

 わずかな間。国王の瞳から溢れた涙が一筋の線を描く。

 

 「お前の新たな生に……幸あらんことを」

 

 それを聞き届けてから、魔法を発動させる。ほぼ全員の市民が一斉に倒れた。地鳴りのような轟音が地下空間に反響し、その中で私の意識が遠のいて――

 ものの数秒で市民二万八〇一一人が死亡した。未来に一人の救世主を誕生させるため、およそ三万人が生贄になったのである。禁断の魔法、転生魔法が発動した瞬間だった。

 

 

 

          ***

 

 

 

 瞼を貫く光。私は自分が誕生したことを理解した。

 高らかな産声が聞こえる。この産声は私自身のものだが、どこか遠く響いている気がした。私の魂がまだ、この肉体に馴染んでいないせいだろうか。

 皮膚の感覚も鈍く、何かが私に触れていることしかわからない。わかることと言えば、転生魔法が成功したということだけである。


 だが、それで十分だ。この成功は、人類の救世主が誕生したことを意味するのだから。

 時間が経つにつれ、遠かった産声が徐々に間近に迫ってくる。魂と肉体が同期し、感覚が鮮明になりつつあるのだろう。

 それに伴って、五感とは別の、妙な感覚が刺激されているのを意識せざるを得なくなってきた。魔力に晒されたときの感覚に似ているが、それとは少し違う。悪寒にも似た、しかしそれ以上の不快感。これはいったい……

 不快感の正体に心当たりがないわけではない。それでも頭に浮かんだのは、あまりに荒唐無稽な答えに思えた。


 まさか。ありえない。馬鹿げている。いくら否定しようとしても、ますます感覚は鋭敏になり、否定の余地が狭められていく。

 そして、これまでにないほど産声が大きくなった。今や魂と肉体は完全に同期し、産声が鼓膜と骨を震わせていることまでも感じ取れる。

 同時に、不快感の正体がはっきりとした。五感を超越した、魂で感じるとでも言おうか。全人類の神経を無条件に逆撫でする気配。


 魔族だ。生まれたばかりの私は今、魔族の腕に抱かれている。

 生まれたばかりで目は開かなくとも、強い確信があった。これまでに魔族と対峙したのは数えるほどだが、そのときの嫌悪感が魂に深く刻み込まれているからだ。

 魔族の気配は一つではない。少なくとも三体は確認できる。そして、この三体が形作る三角形の中心に、魔族とは異なる気配がある。おそらく、この肉体の母親だろう。

 人間の子を取り上げるのが、なぜ魔族なのか。いくつかの仮説が立てられるが、人類にとって好都合なものもあれば、不都合、あるいは最悪なものもある。


 突然、魔族が口を開いた。声は右側から聞こえてきた。

 

 「×××××」


 魔族の言葉も一通り学んではいるが、少々特殊な状況のせいもあり、聞き取ることはできなかった。音量的に独り言ではないだろうから、今の言葉に対する返答を聞き逃さぬよう、聴覚に意識を集中させた。

 答えたのは、私を抱いている魔族だった。

 

 「これだけ泣けるのは元気な証拠だ。きっといい戦士になるだろう」

 「そうっすね。ぜひとも、魔王様に献上できる戦士になってもらいたいもんです」

 「なってもらう、ではない。俺たちが育てるんだ。近年、地方の養成機関も成績を上げてきている。この辺りで一つ、我々養成職の意識を変えていかねばなるまい」

 「先輩はお堅いっすねえ」

 「堅いわけではない。魔王様への忠誠心の表れだ」

 「はいはい。――って、そういえばこいつ、泣き止みましたね」

 「そうだな。もしかすると、私たちの話を聞いているのかもしれん」

 「ははは、先輩でも冗談が言えるんすね」

 

 このとき始めて、私は自分が泣き止んでいたことに気がついた。聴覚に意識を集中させすぎたせいかもしれない。

 ……いや、違う。この幼き肉体が活動の限界を迎えたのだ。それと同時に、私の意識もふつと途切れた。


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