13話
「まあ、実際にはわからないんだけどね」
「大丈夫なのかよ…」
「どうせほかに手段はないんだ、あまり危険な手じゃないし…試すに越したことはないだろう?」
「だといいがな…」
「…ねえアラン。僕がここまでやることに君はずっと納得しないよね」
ああ?強さに固執し、手に入った金は俺につぎ込み、自身が危険な目にあう可能性がある作戦を申請することか?そりゃ理解できないだろ。
「まあ、な」
「ギメイだから教えてあげる」
「何を」
「僕ね、この国の貴族の生まれなんだ。最後には領に戻って家のため、国のため、民のために尽くす。それまでの許された自由時間が今なんだよ」
まあ、そういわれたほうが納得できる。こいつ育ち良さそうだし。金に無頓着だしな。
「だから、いざとなったらギメイは逃げてね」
「は?なんでそんな話になるんだよ。その時はお前も一緒に逃げるぞ」
「貴族とはね、民のために最後まで戦うもののことをいうのさ」
「じゃあ俺も…」
「君、この国の人じゃないだろ。君がそこまでする義理はないよ」
「…そんなこと!」
「時間だ、行ってくる」
こいつ、伝えるだけ伝えて話を切りやがった。
今回の作戦、アランは銀級パーティー『夕暮れ』に連れられ竜の近くまで移動し、竜に【夢魔法】をかけ続けなければならない。
その間、魔力回復薬の補充とアランの保護を『夕暮れ』とこれまた銀級パーティー『銀狼』が担当することになっている。
つまり作戦が始まってしまえばアランと俺は接触することができない。
作戦としては若干の危険性がありつつも基本的には安全なはずだ。【夢魔法】が効かなかったとしても寝ている間に退いてくればいいだけの話だしな。
けれど、今さっきの問答がどうしても不吉な未来を想像させる。
何も動きがないまま朝が来た。あと1日をしのいだら勇者がきてこの街の平穏は確保される。
なんというか…無力感がすごい。
やることがなくてもそわそわするだけなので【軽業】の練習をしている。
装備を付けたままバク転や壁のぼりだってできるし、せっかく練習した水魔法を付けた投石もいらないくらい上手になった。
けど圧倒的にレベルが足りないんだよなぁ、もう18レベルになったし、これからは足手まといってこともないだろうから、二人で倒せる敵相手にがっつりレベリング仕掛けに行くかぁ。
まあどれもこれも目の前の問題がうまく解決したらの話だけどなぁ。
俺の戦い方ってどういうのが強いんだろうなぁ…今のところどんどんシーフ枠になっている気がするが、短剣とか使ったほうが強いのだろうか?麻痺毒とか使ったほうがいいのかなぁ?
新しい仲間を探したり、この世界を冒険したり、焔雷竜が討伐されたらアランと話し合うか。
【軽業】の検証もある程度終わったのでやることもないなとぶらぶらとこの街を散歩することにした。
転生してこのかたそんな暇なんてなかったからな。
この街で目を覚まして、冒険者になって、『森の狼』と会って、アランと出会って、フランさんと仲良くなって、焔雷竜という意思を持った災害が町にやってきた。
一週間でこんなにイベントが詰まってるなんて、新しいゲームを始めたときのようなわくわく感を感じてしまう。不謹慎だなと自嘲する。
「あ、ギメイ君!」
「ん?…ああアレスさんにリリーさん、セシルさんも。どうもこんにちは」
「やあ、話は聞いたよ。どうだい、落ち着かないようだったら僕らと一緒にお昼食べないか?」
「いまお金がなくって、すみません」
「ああ、そういう事なら私が払うよ。僕らもほかの人と話して落ち着きたいんだ、頼まれてくれないかい?」
「そういうことなら、ありがとうございます」
酒場に行くと、話題は焔雷竜で持ち切りだ。
勇者が来たる明日までに竜に動きがなさそうで安心したと銅級冒険者たちや街の住人たちが話していた。
酒場は今まで見たことがないほど人が入っており、アランさんは朝からこの調子なんだと笑っている。
「みんな不安なんですよね」
「そりゃそうだ。焔雷竜なんて神山か解放前線くらいしか出現情報がない魔物だからね」
神山とはこの世界の中心に位置する果てがないとされている山であり、高度が上がれば上がるほど魔物が強くなる言ってしまえば逆ダンジョンのようなものだ。
解放前線は放射状に広がっている国がそれぞれ国土を増やそうと外に外に開墾しているその最前線のことだ。
「まあ、考えたって仕方がないこともある。我々銅級冒険者にどうこうできるレベルじゃない」
「そうですね」
みんな分かっている。災害を目の前にして人類ができることなどそうないことを。
そしてこの世界のシステム上可能でもあることを。
アランはレベルが足りなくても【スキル】があった。俺にはレベルもスキルも無い。
無力感ぱねぇ…
緊張感を残しつつも夜になったので貸し宿に戻り眠りにつく。
街のみんな明日の朝には助かるという希望と、今日の夜死ぬかもしれないという恐怖で表情がこわばっていたのがやけに印象的だ。
爆音、振動。
体を突き抜けた震動にたたき起こされる。
「なんだ!?」
周りの冒険者も跳び起きた。
急いで周りにおいてた防具武器を装備し、ギルドに向かう。
山の奥のほうで火の手が上がっているのが見える。
おそらく焔雷竜が起きたのだ。街は大混乱だが、そんなことよりもアランの無事が心配だ。
「ギメイさん!焔雷竜が起きたとの報告が入りました!勇者到着まで四分刻!ギルドは町の冒険者を総動員して時間を稼ぐことに決定しました!【千里眼】もちのギメイさんは先行し、情報を取得してください!」
「了解!」
「…ご無事で」
「ありがとうございます!」
街の出口に向かっていると『森の狼』のパーティとばったり出くわした。
「アラン君は?」
「アイツはスキルを見込まれて一昨日から…」
「なるほど、一人ということなら我々と共に行動しないか?」
「分かりました、よろしくお願いします」
「よし、早速行こうか」
「はい、俺が先行します」
『森の狼』を背後に、振動の源へと向かう。
【千里眼】と【軽業】を併用すると障害物が障害物足りえないから移動がしやすい。
「見えた!はは、マジででけえ」
まだ遠いが分かる、その生き物のサイズはおおよそ想像を超えていた。おそらくクジラとかと同じサイズ感…陸上にいていい生き物じゃないだろ。
漆黒の鱗に炎の模様が走り、流れ出るマグマを思い出させる。
アランは…いた。
その竜の上。竜に短剣を突き刺し、何とか振り落とされていない。燃えたからだでポーションを飲み、【超回復】で癒し、何とか維持している。
何してるんだ!?俺たちのレベルで攻撃しても…ダメージなんて通らない。そのはずなんだが…焔雷竜は一ひねりで潰せるはずの足元の銀級冒険者達に手こずっている。
「どうなってるんだ?」
「どうした?」
立ち止まった俺に何があったのかとアレスが聞いてくる。
「銀級が戦えている」
「そうか…なぜだかは知らないがそれはいい知らせだ。みんな!応援に向かうぞ!絶対に攻撃は食らうな!」
「了解!」
他にも一緒のタイミングで街からでてきた冒険者たちも返事をしてくれた。
「見た感じこちらの攻撃は通っていないようですが、あちらの攻撃も大雑把で均衡がとれているといったようです。暴れているのを止めることはできないでしょうが、水魔法持ちと土魔法もちで集まってブレスの威力を弱めましょう」
「とのことだ!水魔法か土魔法が使えるものは彼の近くに集まってくれ!」
「前衛組は俺に続け!注意を分散させるぞ!」
「回復要因はこちらで待機します!負傷した人がいた場合こちらまで運んでください!」
皆が一斉に動き始める。みんな考えていたんだ、自分が何をできるのかを。
「それで、どうするの?」
隣にきたリリーさんが聞いてくる。ほかにも15人近くの魔法使いが周りに立っている。
「ブレスの直前、分かりやすく息を吸い込むモーションがあります。そのタイミングで皆さんで合わせて作った水球で口をふさいでみましょう」
「なるほど、土魔法はどうすればいい?」
「ブレスを止められなかった場合、遮るように壁を出してください。水魔法組はそれを覆うように水壁の展開を」
「了解したわ」
酸素がない場合、ブレスは止まるのか?もしそうなら素晴らしいが、魔法があるこの世界で通用するか…やるしかないんだ。
あと15分。
前線で耐えていた銀級冒険者の2割が戦線を離れ、回復され、ローテーションで復帰する。
その穴を埋めるように銅級冒険者が頑張り…とはいっても攻撃は一切通じないのだが…
ブレスが来そうになると水壁と土壁で威力を弱め、範囲を狭める。
その間に風魔法使いや炎魔法使いが目を重点的に狙って攻撃をするが、全部角や軽いブレスに打ち払われる。
だがやはりおかしい。あのドラゴンなら前衛を無視して後衛を潰すくらい楽勝なはずだ。
やっぱり、アランがキーを握ってる。おそらくだが【夢魔法】は触れていないと効果が薄く、さらにまだ【夢魔法】は切れ切っていないんだ。
だから竜の攻撃に一貫性がない。混乱している状態で戦っているのだろう。
…だめだ。アランの様子を見るにあと五分と持つ戦い方じゃない。
回復が間に合っていない…
地面を揺らす咆哮で全員がひるむ。
体を一回転させ、宙へ飛びあがった竜はもう一度咆哮をする。
その目は俺たちをとらえていた。
「竜が起きたぞ!!!!今までとは違う!気をつけろ!」
全体に注意を促しながら、落ちてくるアランを受け止めに行く。
【軽業】【剛力】【水魔法】!
水球で勢いを弱め空中でキャッチする。自分のポーションを飲ませてから急いで救護班のもとへ向かう。
「ゴフッ、ギメイ…!」
「無理しすぎだ」
「無理しないといけないんだよ!」
「とにかく安静にしてろ!」
奥から轟音が鳴り響く、悲鳴。
「ギメイ!この戦線は崩壊する!勇者が来るまで耐えられると思ったが無理だ!君だけでも逃げろ!」
アランが俺の腕を払って一人で立つ。
「なんでお前が!」
「私はこの国の民だ、君は違う」
「…クソが!」
なんでそんなことをいうんだ…と思ったが、それと同時にこの戦況で勝ち目がないのもまた事実。
後ろから聞こえてくる雷鳴と爆発音、さらに悲鳴はもうしばらくの時間もかからず俺たちが全滅することを示唆していた。
そのことを頭は冷静に訴えてくる。
まだ死ぬな、ここで死ぬなって。
だから、俺は。
逃げるしかなかった。
「間に合ったようだね」
それは空から降ってきた。
『魔力駆動、一刀をもって』
虹の剣携え、漆黒の鎧を身にまとい
『薙ぎ払おう』
この戦場から音を奪う。
ブレスをもかすませる轟音。
竜の目の前に降り立った一人の青年はたった一刀で竜を斬った。