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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

傷口

作者: 理性

ほのかに畳の香りがする。今日も騒がしい足音で目が覚める。こうやって起こされるのも悪くないな。

F県の主要都市から車で1時間ほど離れたここK市に来てから一ヶ月が経つ。大学を卒業して大学院を目指したが、目処が立たなかっため、母の実家で暫くは居候することになった。

自然豊かというべきか、何も無い所というべきか、良くも悪くもこの場所は僕を放ったらかしてくれる。

祖母の具の多い味噌汁を飲み干し、一服すると隣市の図書館に行くのが日課だ。

今日も人間の気配にたいして、ビルディングや車の気配が多い。大学院のための勉強をするにはもってこいの場所だ。

読みかけのミステリー小説に付箋を挟み、一息。

今日はなぜか集中できない。そんなことは別にめずらしいことでは無い。でも、今日は何となくいつもと違う。今日は心がざわつく。恐らくミステリー小説に出てきた純愛が僕にはクリティカルだったんだろう。

ああ、また思い出してしまうのか。まぁいい。



彼と出会ったのは、大学2回生の時だった。彼は僕がアルバイトをしていた学習塾の生徒だった。目は一重で多少つり上がっている。鼻は針金が入ったようにピンとはっており、肌は健康的な肌色。笑った時に目頭がくしゃっとなるのに愛嬌がある。体つきはガリガリと言われる僕よりは少し体つきがいい。彼は僕を慕ってくれているようで、いつも高校での話やテレビの話をしたものだった。

僕は彼へ次第に惹かれるようになった。どこが良かったのか。容姿、人柄、考え方。分からない。でも好きになった。

イレギュラーな恋が成就するなんて無謀であることは分かっていたが、僕は気持ちを伝えたかった。それは純情などという綺麗な事ではなく、ただのエゴだった。

答えはYES。そんな上手い話があっていいのかと思った。

僕らの物語はそうしてはじまった。毎日が映画のワンシーンそのものだった。僕らを歓迎するかのように世界は色づく。彼の表情、言葉、行動すべてが愛おしかった。

僕は少し昂りすぎたのかもしれない。


彼が別れを切り出した。理由は受験勉強に集中したいとのことだった。

僕のなにがだめだったのか、そんなに顔がタイプではなくて我慢の限界がきたのか。価値観が合わなかったのか。はたまた別に想い人ができたのか。

自分を責め続ける時間が続いた。そんな中僕を受け止めてくれる人、求めてくれる人にすがった。その人たちと過ごす時間は自傷した僕の心を癒してくれてる気がしていた。

そうして僕は肉欲にまみれた大学生活を過ごしたのだった。


たまにこうして古傷が傷んで、煙草が無くなっていく。いや、古傷ではない。僕は何も満たされてないし、治癒などしていない。ただモルヒネを注入して、その痛みを忘れようとしていただけだ。

彼からのメッセージを受け取って、期待するようでは傷口の別れた細胞は1ミクロンも、繋がっていないのだ。


彼からメッセージはそんな過去を思い起こしている時に来た。付き合っていた時にメッセージアプリを繋いでおいた。そのやり取りもスマートフォンの画面で表示できるのか分からないほど下層に眠っていた。


「元気?」


彼の表情、声、すべての彼という要素で文字が再生された。


「うん、元気だよ。そっちは?」


これが限界だ。胸の高鳴りを悟られない文字数はこれが限界だろう。


「うん!ありがとう!」


僕の傷口が痛みを伴わずに開いていくのがわかる。どこか暖かい。懐かしい感覚だ。

彼は1年浪人をし、今年大学2回生になるらしい。僕に連絡をしたのはどうしてるのか気になったから。


僕はまたあの気持ちを味わっていいのか、味わえるのか。真っ暗な道路にひとつの街頭の明かりが見えた気がした。

でも、またいつかその光から追い出され、途方もない道路を辿るのではないかと怖い。


彼とのやり取りはこれまでのこと、付き合っていた時のこと、最近すきなアーティスト、今日したことなどとだんだん当時の会話のようになってきた。

彼にはいま恋人はいないらしい。だからこそ僕はどこか期待したままこの開いた傷を放っておくことができたのだろう。

僕らの会話はだんだんセンシティブなものになっていった。それは当時からそんなもんだった。いくら恋人といっても若い男子同士、そんな話にならないわけがない。

僕は彼に肉欲の歴史を話した。このモルヒネの注射痕までも受け入れて欲しかった。でないと僕の独りよがりな恋になるからだ。僕を受け止めて欲しい。僕を求めて欲しい。そう思うからだった。彼の反応は意外なものだった。


「え、そうなの!」

「大人だなー」

「どうだった?」

「そういうのってどうやって出会うの?」

「いいなー」


ああ、そうか。

タイムスリップを望んでいたのは僕だけだったのか。なぜ早く気づかなった。

僕の大きく開いた傷は突如に激痛を伴い、真っ赤な液体を流し始めた。それはやがて僕の血管でろ過され、透明な液体となりスマホの画面を濡らした。


「そんなのなんでもあるよ。自分もやったらいいんじゃない」


「うん、」


彼はそう返すとなにも送ってこなくなった。僕はなんとかえせばいいか思いつかず。「うんうん」と返したのみだった。



僕のメッセージに既読のマークがついて、3日が経つ。

僕はまたモルヒネを打たなければならないかもしれない。

いや、僕は決別しないといけないのだ。彼と肉欲と傷だらけの僕に。

僕はまた具の多い味噌汁を飲み干し、図書館へと向かう。ミステリー小説はまだ純愛のページだ。

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