帰還
「急に魔王なんて言い出すからビックリしたじゃない。魔王なんてこの先の人生で関わることもないんだから気にしなくてもいいわよ。昔いた魔王は人間と熾烈な戦争を繰り広げたって言う話もあるけど、今の魔王はそうじゃないからね。いきなり町に襲ってくるなんてこともないと思うわ」
随分と楽観的だな。これでもし魔王が攻めてきたりしたらどうするつもりなんだろうか? 対して抵抗もできずに蹂躙されちまう未来しか見えないな。そこは俺が頑張ってなんとかするしかないか。伊達に神様から力は貰ってないんだからな。
俺がこの世界に来たことでこの世界が魔王に滅ぼされてしまうという運命を回避できるはずだ。そもそも、この世界は魔王によって滅ぼされる運命だったのか? じいさんの話をちゃんと聞いていなかったせいでよくわからないな。まぁ、俺も二度目の人生だし少しでも役に立てるように頑張るつもりではあるけどな。
「魔王のことは考えなくてもいいってことだな。平和な世の中で安心だ」
「さっきから何を言ってるの? 魔王がこの世界の脅威だったのなんてどれだけ前の話かわからない程よ。魔王なんて発想が出てくること自体変だわ。もしかして、テンジって魔王の手先だってりする?」
「それこそ、魔王を気にしすぎだろ。それに、俺が魔王の手先だって言うんだったら魔王についてよく知らないのは明らかにおかしいだろ。どんだけあほな手先なんだよ俺は」
「それもそうね。魔王なんて存在しているかどうか怪しいレベルの伝承みたいなものだからね。テンジも気にする必要はないわ」
とにかくすぐに魔王がどうこうってことにはならなそうで安心だな。
真っ先に魔王を倒しにいかなくちゃやばいみたいな状況だったら、俺としてもしんどかったからな。
「もう町の入口よ。小腹がすいたし、何か食べながら帰る?」
「それは俺が金を持っていないことを知っていて煽ってるのか? それか、奢ってくれるって言うアピールをしてるのか?」
「テンジがお金を持ってないことを忘れてたわ。仕方がないわね。私がご馳走してあげるわよ。好きなものを選びなさい。あくまでも小腹を満たすようなもので、歩きながら夕食を食べるわけじゃないからね」
「ありがとうございます!! レミアはやっぱり最高だぜ。レミア様!! バンザーイ!!」
「ちょっとやめてよ、こんな人の往来のある場所で恥ずかしいこと叫ぶの!! すぐやめないとご馳走するって言う話はなかったことにするわよ」
「勘弁してくれ。俺から今日初の飯を取り上げるつもりか? 鬼なのか? もしかしてレミアは鬼の一面も持ち合わせてるのか?」
「テンジが余計なことするからでしょ。私だって怒りたくて怒ってるわけじゃないんだからね」
ちょっと危なかったが、まさかレミアから軽食を奢ってもらえるとは。これはもう完全にレミアに対する恩がとんでもないことになっちまってるな。冒険者登録からクエストのサポート、パーティーへのお誘い、極めつけには餌付けである。これはもう俺はレミアの子分、いやペットと言っても差支えないだろう。ご主人様は俺が守るぜ。
ひそかに、レミアを守る誓いを立てながら周囲の出店を見渡す。
どの店が一番おいしそうなのか? パッと見てみるだけではどの店がどのような商品を取り扱っているのかよくわからない。それでも、俺はこの中で最高のものを選ばないといけないんだ。何て言ったって、この世界に来て初めての食事なのだ。豪勢にとは言わないがせめて美味いもんを食っておきたい。
「レミアのおすすめって何だ? 俺もこの町に来たばっかりで何があるのかよくわからないんだよ。折角奢ってもらうんだし、レミアのチョイスに任せてみてもいいか?」
「口に合わないとか文句言わないでよね。それなら、こっちよ」
迷わずにレミアが歩みを進める。
これは、通っている店があると見ていいだろう。要するにレミアの行きつけってことだな。
「ここよ。ここの焼き鳥が最高なの」
「え? 焼き鳥?」
「どうしたの? 焼き鳥を知らないとかそんなこと言わないわよね? それこそ、どんな秘境から出てきたのか疑うわよ」
いや、まさか異世界初の食事が焼き鳥になるだなんて思わなかったんだよな。
だって、こう言う場面では異世界特有のものが出てくるもんじゃないのか? なんで慣れ親しんだものが出てきてるんだよ。確かに、美味いという安心感はあるんだけどさ。意味のわからないモンスターの丸焼きとかを期待してしまっていた俺がいる。
「知ってるって。レミアのおすすめが焼き鳥だったことに驚いてるだけだ。意外と、チョイスがおっさんだなって」
「とんでもなく失礼なことを言ってるって言う自覚はあるかしら? 焼き鳥が食べなくないのだったらそう言ってもらえると助かるわ」
「違うって、俺も焼き鳥が食べたいんだ。こんなにいいにおいがしてるのにお預けなんてむごすぎるだろ。頼むから俺にも焼き鳥を食わせてくれよ」
「取り乱しすぎよ。買ってくるからちょっと待ってて」
思いがけない料理ではあるが、これで俺は美味い飯を食えることが確定したようなもんだ。やったぜ。




