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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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ちょっと奇妙な詩集達

希望の歌

作者: 丸井竹
掲載日:2024/03/29

『勇者の誕生』


魔物に故郷を奪われた人々を乗せた馬車が、田舎道を進んでいく。

小さな集落を抜けるその道からは、貧しい人々の暮らしぶりが見える。


親を亡くした子らが歌う。

希望を失った人々が土を耕す。


涙も枯れ果てた少女が空を仰ぐ。


一本の剣を握ったとしても、奇跡は付いてこない。

百人が剣を握ったとしても、その一本も奇跡を引き当てられないことだってある。


絶望に打ちひしがれた人々を乗せた馬車を守る騎士らは、暮らしではなく戦いを見ている。


集落を出て行く馬車の後ろを、一人の少年が追いかけてきた。


「ねぇ、王都に行く?僕、冒険者になりたいんだ!」


誰の手から奪ったものなのか、大きすぎる剣を胸に抱き、馬上の騎士らに声をかける。


「後ろに乗れ」


喜び勇み、少年は馬車の荷台に飛び乗った。

がらがらと回る車輪と馬蹄の音に包まれて、少年は幌を支えに、後ろを見る。


置いてきた村が遠ざかり、やがて小さな点となる。


「家族は?」


荷台にうずくまっていた一人の男が、疲れた顔で問いかける。

振り返った少年は、笑顔で天を指さした。





『雨の日』


森の中、見つけた小さな洞窟で、男が一人雨宿り。

湿った空気の中で、焚火の炎が弱々しく揺れている。

雨音に耳を澄ませていた男が、鞘から剣を引き抜いた。


焚火を踏み抜き、雨の中を走り出す。

泥をはね上げ、耳を澄ませる。

獣の息遣いと、力強く茂みを押し分ける音、それからかすかな悲鳴。

危険な気配が迫っている。


耳を塞ぎ、戦いを放棄し、逃げ回る人生の方がきっと幸せになれる。


そう確信していながら、魔獣に襲われる馬車を見つけ、迷いなく斜面を滑り降りる。

幾多の戦いを共にしてきた愛剣が雨の中で鈍く光る。


足を止めることなく、一頭目の魔獣の首をはね飛ばす。


なぜこんな生き方を選ぶのか。

そんな問いはこの時代には相応しくない。


男は少年の死体を乗り越え、次の魔獣と対峙する。

悲鳴をあげている少女の腕は血に染まっている。


その手元に届くように、男は落ちていた短剣を蹴り飛ばす。

少女は迷いなく、無事な方の手でその短剣を拾い上げる。


その間にも死闘は続く。

何人が戦い、何人が生き残っているのか。

なぜこんな利益にもならない戦いに身を投じるのか。

その問いも、この時代には相応しくない。


人の悲鳴と獣の威嚇音、それから自分の息遣い。

肉を引き裂き、骨を断つ野蛮な音が続く。


ぴたりと殺意の雨が止む。

濡れた地面に、男は一人立っている。


「助けて」


呟いた声の主を振り返ることなく、男は倒れている少年に歩み寄る。

泥の中に膝を付き、その細い体を抱き上げる。


泥水に子供用の剣が転がり落ちる。

胸に出来た大きな傷跡に、男は最後の蘇生薬をふりかける。


うっすらと開いた少年の瞳に、澄んだ青空が映り込む。

いつの間にか雨は止み、森には束の間の平和を告げるように、小鳥たちのさえずりばかりが聞こえていた。






『酒場の恋』


薄闇の中、少年が酒樽を転がしている。

そこは馬車の入らない狭い路地裏で、地元の人に愛される小さな酒場が店を開けている。


狭い裏庭を抜け、扉を叩く。

顔を出した少女が、エプロンで手を拭きながら少年から納品書を受け取る。


「こんなところまで、いつもありがとう」


店の看板娘に微笑まれ、少年は頬を赤く染めながら転がしてきた樽を持ち上げる。

数段上がって扉の脇に置く。


「重いので、店内に運びますよ」


少女は微笑み、樽を軽々と持ち上げる。


「大丈夫。これぐらい出来ないと、看板娘は務まらないの」


扉の向こうから酔っ払い達の野太い話し声が聞こえてくる。

甲高い娼婦の笑い声も混ざり込む。


体も酒も売る看板娘は酒樽を両腕で持ち上げ、店内に戻っていく。

その後ろを見送り、少年は扉を閉める。


落ちてきた夜闇がマントを広げ、小さな星々が瞬きだす。

少年は書類を肩掛け鞄にしまい込み、迷路のような路地裏を軽い足取りで歩きだす。





『孤児院の少女』


牛車の後ろを歩きながら、糞を拾っていた少年は、バケツがいっぱいになると、荷台にそれを押し上げ、また新しい桶を手に取った。


周辺からは、学校に向かう子供達の楽しそうな声が聞こえてくる。

鳥たちがさえずりながら木立の中から飛び立った。


牛車が止まり、前の荷台からミルク缶が下ろされる。

内容の入ってこない世間話が終わると、また牛車が動き出す。


少年は視線を下げる。


靴の先は穴が空き、汚れた親指が見えている。

爪は自然に削れて丸くなる。


がらがら回る車輪の間から、ほやほやの糞が現れた。

シャベルを差し込み、手にした桶に入れる。


契約している家を回り、別の道から牧場に引き返す。

最後の細道にさしかかると、少年の足取りが軽くなる。


白葉の木々が立ち並ぶその道沿いに、黄色い屋根の孤児院が見えてくる。

取り壊しが決まっている、その小さな孤児院には、少女が一人しかいない。


老いて寝たきりになった院長を世話するために残った少女は、庭先で洗い立てのシーツを干している。

黄ばんだシーツの汚れは完全には取れず、破れた場所には繕いの跡がある。


風で飛ばないように、金具でシーツを押さえていた少女が顔をあげ、道に近づき足を止める。


牛の糞が入ったバケツにシャベルを入れ、少年も少しだけ道の端に寄る。


互いの顔がはっきりと見えてくる。


途端に、はにかんだ微笑みがこの世界を温かく、幸福に照らし出す。

牛車はゆっくりそこを通り過ぎ、少年は遅れることなくそれを追いかける。


その背中を見送り、温かくなってきた日差しの下、少女は翻るシーツのもとに引き返す。





『襲撃』


短剣を胸に考える。

敵は無数にいるが、自分の心臓は一つしかない。


最後の情けにと投げ込まれた短剣は、希望と絶望どちらの予感もはらんでいる。


絶望しかないのなら、心臓を刺すべきだ。

そう思いながらも、結論を出せない。


心臓は生きたいと鼓動を刻む。

頭の中ではわかっている。

こんな地獄のような世界では生きていても仕方がない。


竜のような獣の咆哮が聞こえ、大きな揺れと共に、壁の一部が落ちてきた。

悲鳴を上げて後ろに下がる。


壁に穴が空き、隣の牢内が丸見えになる。

そこに意外にも若い男の姿があった。


「良い物を持っているな。貸してくれたら、死にたいときに殺してやるぜ」


その手には使い古したフォークがある。

壁に走ったひび割れをさらに広げようと、それを突き立てる。

外に面した壁の隙間からは、恐ろしい光景が見えている。


燃える城内、逃げ惑う人々、魔物達と戦いあっという間に殺されていく騎士達。


外に出れば、魔物に生きながら食べられるかもしれない。

火に放り込まれるかもしれない。

一思いには死ねないかもしれない。


恐怖で動けない女の手から、男が短剣を奪い取る。


「幸運だったな」


フォークから短剣に持ち替え、崩れかけた壁にその刃を突き立てる。

ブロックがぼろぼろと落ちていき、人が通れるほどの穴が出来上がる。


「幸運?」


果たしてそうだろうかと考えるより早く、男が穴を潜り抜ける。

差し出された手を掴み、女も外に出る。


「幸運だったな」


さっきまで処刑を待つばかりの罪人だった男を見上げ、女は呆れたように顔をしかめる。

皮肉な笑みを浮かべ、男は女の手を取り走り出す。


死屍累々の戦場を、どこまでも自由に走りながら、女はその先にある未来を思い描く。


この男と所帯を持ち、小さな町の片隅で食堂をするのだ。

宿をしても良い。

子供をあやしながら、酒を運び、どんな風に生き延びたのか笑いながら話すのだ。


地獄のようなこの世界で、雑草のように小さな花を咲かせ、生きた証を残すのだ。







拙い文章を読んで下さり、ありがとうございました。

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