90話 戻ってこない思い出
アジエルは辺りを見回した。
2時間後、βがサインの首都、エクセスに帰還してきた。
その理由は、サイン軍に届いた戦士シスタからの伝書の内容を考慮したものだった。
その伝書には、ニアレンド森林はウイッチという強力な戦士が見張りについていた事、そのウイッチに偵察部隊の1人であるカルが殺され、シスタ自信もすぐにでも殺られるであろう事、
そして、マイロもウイッチ相手にかなりの苦戦を強いられ、全滅する可能性が高い事が記されていた。
更に続けて、マイロは出撃から12時間後に帰還する、帰ってこなければ殉職したものとして扱ってほしいとも書かれていた。
偵察隊が出撃してから既に5時間が経過している、その後7時間の間マイロ達の帰還を待ったが、帰る事はなく、サイン軍は彼らが殉職したと公式に発表した。
これにより、ニアレス森林偵察作戦は、部隊の全滅という形で幕を引いた。
だが、悪い報告ばかりではなかった。
シスタからの伝書には、現状報告だけでなく、ウイッチの判明している可能な限りの能力が書き記されていたのだ。
恐らく今後、上層部はこの情報を元に、もっと大きな隊を率いてニアレス森林の突入作戦を命じる事になるだろう。
だが、それを聞いたアレスには、そんな知らせなど心底どうでもよかった。
マイロが死んだ、アレスには、この情報だけしか聞こえなかった。
外は雨だった、あるもの全てを吐き出しているかのような雨。
アレスはその中で、1人街のある公園の木の前で立ち尽くしている。
そこで何をするでもなく、ただただ雨に打たれ続けた。
その頃、駐屯している軍事基地のどこにもアレスの姿がない事に気づいたエルナは、何度もアルスの名を叫びながら、基地中を走り回ってアレスを探していた。
痛いほど降り頻る雨の中、枯れ果てた木だけを見つめるアレス。
そんなアレスをようやく見つけ出したエルナは、アレスの元へ駆け寄って言葉をかけた。
「ここにいたのね、アレス」
エルナの声が聞こえた俺は、そのままゆっくりと後ろを振り向いた。
「どうした、何か用か?」
「あ、いや…えっと、」
エルナはたじろいでいる、マイロが死んで、何を話したらいいのか分からないのだろうか。
唯一残った同年代の知り合いである俺に、助けを求めようとしているのかもしれない、そう思ったから、俺はエルナを元気づけようとした。
「辛い…よな、マイロが死んで。大丈夫…なんて気軽には言えないけど、でも、これからもせめて俺だけは、お前からいなくなりなんてしないから…」
俺は最後まで、その言葉を言い切れなかった。
途中でエルナに止められたからだ。
エルナは微笑むように、俺にこう言ってきた。
「じゃあ、もう今みたいに、アレスまでいなくなったりならない…?今みたいに、顔を雨で濡らしたりしない?」
雨が地面を叩きつける音が、2人の間の静寂に響き回った。
俺は言葉が出せなかった、心の奥底を突かれたような気がした。
俺は体ごと振り返って目を背け、「さぁ、どうだろうな、けど、俺は大丈夫だ。って、そう簡単に割り切れるもんでもないけど、でも、前に進まなきゃいけないだろ、それがマイロの望む事だとも思うし。だから…お前が今大丈夫じゃないのなら、いつか大丈夫になれるまで、俺はお前の側にいるから…」とだけ言った。
それを聞いたエルナは、俯いて、震えた声でこう言った。
「アレス、私ね、今全然大丈夫なんかじゃないの、マイロが死んじゃって、本当に悲しい…この世の何よりも。だけどね」
エルナはそっと俺に近づいてきたかと思うと、突然、ゆっくりと俺を抱きしめてこう言った。
「だけど…アレスが大丈夫じゃなかったら、私…もっと大丈夫じゃない…もっとダメになっちゃうのぉ、涙が…悲しくて…悲しいの…」
そう言ったエルナの声は、明らかに涙を含んでいた。
震えた声の一つ一つが、俺の耳に、痛いほど突き刺さる。
だがエルナはそのまま泣きじゃくるような事はせず、ただゆっくりと俺の肩から離れていき、何も言わず、恐らく涙を流しながらこの場を走り去っていった。
「……………」
だけど俺は変わらず、この場で立ち尽くした。
「ダメじゃない、女の子を泣かせちゃ」
今度はアイラが、真上から話しかけてきた。
その後、ゆっくりと地面に着地する。
「次から次にくるな、特にあんたは暇じゃないだろ?」
「可愛いアレス君が心配だもの、こっちの方が大事な用事だわ」
変わらず雨の音が鳴り続ける。
「冗談はさておき、まぁ…ね。そう深く考えなくても、いいと思うわよ、私には、大丈夫としか、言えないんだけど」
大丈夫…か、その言葉が俺に突っかかる。
「それじゃあごめんね、貴方の言う通り、正直私、この後会議あるのよね、じゃあ…また」
アイラもこの場から去っていった。
大丈夫…大丈夫…か、
「大丈夫って、何がなんだろな」
思わず口に出してしまった。
俺はゆっくりと、木の方へ遅く歩いていった。
不思議と、涙は流れなかった。
もちろんマイロが死んで悲しいし、それ以上に、抱えきれないほどの喪失感が重くのしかかる。
でも…なんだろな、それでも泣く気にならないのは、もっと大きな絶望を感じているから。
結局、良い人だけが死んでいくんだろう、そう諦めさせてくる。
これはノア様が死んだ時も、強くそう感じた、いや、ついこの前に感じたからこそ、余計に思い知らされているのだろう。
こんな時に限って、次々と思い出してくる。
俺と、エルナと、マイロの…かけがえのない思い出を、
戦士養成学校での事、同期として戦士になれたあの日の事、ロックドラゴンと戦った時の事…
それ以外にも、大量に。
全部が俺にとって忘れられない思い出で、もう戻ってくる事のない…幻だ。
俺は木の先にある小さな丘に座り込んだ、変わらず雨は降り続ける。
その時、ふと…ある事に気がついた。
丘の草木の中に、背景と同化しているような、他とは少し違う草木がある事に気づいた。
俺は無意識にその草木を剣で攻撃した。
その瞬間、草木が消え、迷彩服を着た男が飛び出してきた。
男は俺から少し離れた所に着地する。
「ちっ、くそ、なんでバレた」
よく見ると右眼に眼帯を付けている、顔つきからしてフレミング人…フレミングのスパイだろう。
そうと分かった瞬間、全身から怒りの感情が湧き出してきた。
それが、マイロを殺した国の人間だからという理由じゃない事は、すぐに理解した。
だけど、どうしようもなくイライラした。
「そうだ…お前らのせいだ…」
そうだよ、こんな残酷な世界を作り出しているのは、こいつら人間だ。
こいつらのせいで、マイロは死んだ、こいつらのせいで…俺は今悲しみに暮れている!!!
「ふざけんな」
俺は超越光速を発動し、スパイの両足を切断した。
「あ…ああああああああああああああああああああ」
俺は苦しむスパイの首を掴み上げ、そのまま枯れた木に頭を思いっきりぶつけた。
そしてもう一度ぶつけた、もう一度、もう一度、もう一度、もう一度
何度も何度も顔を枯れた木にぶつけ続けた、こいつが死ぬまで。何度も何度も。
「お前らがいるから…お前らがいたから!!!死ね!!早く死ね!!死ね死ね死ね!!!しねしねしねしねしね!!!!!!!!」
629回頭を木に叩きつけたところで、ようやくこいつを殺せた。
いや、もうとっくに動かなくなってたかな、だがまぁ、殺せて良かった。
そうだ、マイロが死んだのは、こいつらのせいだ。
こいつらが、残酷な世界の一旦を担っているのは間違いない。
だったら、俺が殺す。フレミングの全てを、俺が殺す。
俺の気がすむまで…俺が殺したいと思うもの全部…俺が殺す。
アレスから逃げてきた私は、1人食用水が入った容器の前で突っ立っていた。
私は心の中で、何度も叫び続けた。
なんで、逃げてしまったんだろう?
今のアレスを助けられるのは、私だけなのに…私が助けてあげないといけないのに!
後悔を…した。
そんな時、突然、私の後ろに誰かが立ち止まった。
誰だろうと振り返ってみると、それはアレスだった。
「アレス…」
「エルナ…その、さっきはごめん。なんか、変…だったよな、俺」
アレスのその声を聞いて、私は笑顔になり、そして心から安心した。
戻ってる、いつものアレスに戻ってる。
やっぱりアレスは強い人…自分だけの力で、
私の助けなんていらなかったんだ、本当によかった。
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