89話 壊れて生まれた
「さぁ〜てとー、やるか〜」
βにバリアごと鷲掴みにされ、テオは身動きが取れなくなった。
どうしたらいい…掴まれている部分のバリアを取り外して空白を作り、その隙に脱出する事もできない事はないだろうが…
その前にバリアが一部なくなった隙を突かれて攻撃される可能性の方が高い以上それはできないな。
ならどうする…ここからどう切り抜ける?
こうしている間にも、βはテオをバリアごと握り潰そうと力を加えている。
そのまま潰される事はなさそうだが、今のβはついさっきまでとは明らかに様子が違う。
だからこそ下手な事はできない、考えろ…慎重に次の手を考えるんだ。
テオが脳内で作戦を考えている間に、βは信じられない行動に出てきた。
βは握り潰すのが不可能だと悟ったのが、突然テオをバリアごと上空へ放り投げたのだ。
「!!」
テオはこれをチャンスと捉えてすぐに反撃の体制をとろうとしたが、それをする間もなく巨人はその顎でテオをバリアごと頬張ってきた。
「!!!???」
そしてそのまま、その顎と口の中にある牙のようなもので、テオをバリアごと噛み砕こうとしてきた。
βが何を考えているのか、テオに全くわからなかったが、それ以上に今何を問題にするべきなのかはすぐに分かった。
βがテオを投げ飛ばしてから噛みついてくるまで、体感としては2秒ほど時間があった。
それだけの時間があれば、あの状況から脱出して、すぐに反撃に出る事は充分できたはずだ。
だが出来なかった、反応出来なかったから、今こうなっている。
つまりβはそれ以上のスピードで攻撃してきたという事、それはテオが反撃が間に合わないほどの速度だ。
そしてさっきの戦いの結果からみても、今の状態では一騎打ちではβに分があるのは確かだ。
「まさかこんな力を隠していたなんてな、」
それでもテオは冷静に考え、今の状況がある種チャンスである事に気がついた。
今βはその顎でテオを頬張っている。
それなら今βが自分の状態を確認しようにも、顎が邪魔して自分の姿が見切れないのではないかと考えた。
だとすればこれを利用しない手はない、何とか隙を見てその部分のバリアで攻撃する。
βは尚もテオを噛み砕こうと顎の押し引いている。
だんだんその力が強まっていっているような気がした。
だがそれは、それだけ噛み砕く事に意識が削がれていっているという事。
テオはこの隙に、顎で隠れている足元のバリアを徐々に動かしていき、そして…
テオは足元のバリアを一気に鋭く長い棘状に変化させ、一瞬で巨人の頸を斬り落としす事に成功した。
巨人の頸は音もなくその場に崩れ落ち、それに伴って噛む力が無くなったのでテオはすぐ顎から脱出した。
そして走りながらバリアの一部を短剣に変化させ、巨人の胸元に飛びかかった。
それとほぼ同時に、頸が飛んだにも関わらずβは起き上がり、テオを握り潰そうと左手を突き出してきた。
「やはりまだ動けるか、だがもう遅い」
βの左手が届くより先に、テオは巨人の胸を切り裂き、中にいるβをもう一度露出させた。
これで今度こそ、βを倒す。
「!!!」
そのまま短剣でβに切り掛かっていくテオの目に、ある光景が映っている事に気がついた。
…泣いていた。
βはテオへの殺意が込められた目をしながらも、その瞳からは涙が溢れていっていたのだ。
恐怖するようでもない、これは…まるで何かに苦しんでいるような涙だと、テオは直感で理解した。
その瞬間、テオの動きが止まった、分からなくなったのだ。
自分が今目の前にしている相手はなんなのか、何故彼女は泣いているのか。
なにもかもが分からなかった、一瞬、自分が信じてきた理念すらも疑おうとした、それほどテオは困惑した。
今目の前にいるのは本当に敵なのかすらも、疑い始めてきた。
だがその間にも、βはこっそりと真横から左腕をテオに接近させていた。
それにギリギリで気づいたテオは、すぐにその攻撃をかわした後、バリアの短剣で手首を切り裂き、左手も斬り落とした。
左手首が勢いよく地面に倒れていった。
やはり頸を切られた影響で、全体的に動きが鈍くなっている。
バリアの効果もあって、恐らく今ならβのしてくる大抵の攻撃は問題なく防げるだろう。
つまり確実にβを倒せる状況だ。
だけどそうしようとは思えなかった。
ここに来て改めて思う、βは何者なのかと。
頭が疑念に支配され、テオは完全に動けなくなった。
その時、βが耳に付けていた無線から、ある指示が下ったようだった。
それを聞いたβは、テオが動けなくなった隙に翼を展開し、ジェット噴射の勢いでテオを胸部から振り解き、その場から脱出した。
他のサインの戦士も同様に戦闘を止め、戦場から離脱していった。
フレミングの戦士達はすぐにその後を追おうとしたが、待ち伏せの可能性を考慮し深い追跡はしなかった。
テオは、胸部から振り解かれ無抵抗のまま地面に倒れ、動かなくなっていた。
β、彼女は一体なんなのか、あの涙はどこから来ていたものなのか、
考えても分かる事のない疑問がテオの体を縛りつけた。
テオの目に映っている空には、太陽が雲に隠れ、影を作り出していた。
そしてその影が、テオの全身を覆った。
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