86話 ウイッチ
「随分と偉くなったものね」
見た目の特徴からして、あれはあのボートに注視すべき戦士としてテオの次に並べられていた[ウィッチ]だろう。
そしてマイロはそのウィッチに、無意識に震えていた。
不意打ちでカルさんを瞬殺し、シスタさんの腕も容易く消し飛ばしたその実力…
それに、彼女から感じられる、あの異様な量の魔力。
マイロ達はついさっきまで、自分たちの周りを囲うような魔力を感じていた。
その魔力ののしかかるような重圧感からして、魔力の主は1人ではなく複数人、それも戦士でないなら100人規模の部隊が自分たちを囲っているんだろうと考えていた。
それほど巨大な魔力の主が、目の前にいるウィッチ1人のものだったって訳だ。
マイロに相手の魔力量から力量を測るなんて事はまだできないから、直感の話にはなるが、
恐らく奴は、ミアやβさんにも匹敵するほどの魔力量だ、下手をすれば。
「あぁ…ああああああああああ」
その時、シスタの裂けるような悲鳴か聞こえてきた。
そうだ、ウィッチを警戒するあまり全く気がつかなかった。
シスタさんは片腕を消し飛ばされている、きっとマイロの想像を絶する激痛を感じているはずだ。
マイロはすぐにシスタの元に駆け寄った。
「シスタ!!!」
「大丈夫です…それより、あなたは早く魔力を練り上げ、戦闘体制をとってください。あなたならもうお分かりかと思いますが、彼女の力は恐ろしいほどに強いです、何もしなければ簡単に殺られる…」
「けど…」
「マイロさん!わかるでしょう?」
確かに、シスタさんの言う通りだ。
戦場では戦士は人であってはならない。
感情を持ち越してしまう恐れがあるからだ。
戦場での戦いにおいて感情ほど危険なものはない。
敵を殺めることに躊躇してしまう恐れがあるし、何より自分や味方の生に執着しすぎて、本来以上の死者を招くことにもなりかねない。
だから感情を持つことは御法度とされる、そうだ、
自分の今するべき事を理解したマイロは、険しい顔をしながら立ち上がった。
シスタも同じく立ち上がる。
「お!なになに?900文字使ってやっとバトル?」
ウイッチはマイロ達を煽るように囁いてきた。
「マイロさん!私は回復系のアビリティが使えます、と言ってもこの腕はもう治せませんが…とにかく、その効果で貴方が攻撃を受ける度に貴方を回復させましょう、今から私はそれに徹します」
「なるほど、傷を負う度にゾンビのように体を回復させて戦い続けるってわけか…」
マイロとシスタが、ウイッチの正面に睨み立った。
「それじゃ、始めよっか」
ウイッチはそう言うと、箒にまたがって上空へと浮かび上がっていった。
「火炎放射」
そしてそのまま、火炎放射を発射した。
マイロ達はそれを避け、マイロはウイッチい対して右側に、シスタは少し離れた左側に移動した。
それを確認した上で、ウイッチはすぐさまマイロに狙いを定めると、「ミリットタイフーン」と言って5,6発の竜巻を打ち放つ攻撃を放ってきた。
マイロはこれを全て避け、反撃に空昇拳を放ったが、これは避けられた。
「[ロックンウォール]」
そのすぐ後、ウイッチは地面から岩の壁を生み出すアビリティを、マイロの真後ろに放った。
だがそれだけで、岩自体が何か攻撃をするわけでも、四方八方に壁を作って閉じ込める事もなかった。
「[アイスニードル]」
マイロは何をされているのかが分からなかったが、突然横から「マイロさん避けて!!!」という、大声でこちらに叫んでいるシスタの声が聞こえてきた。
だがこれだけで全ての意図を理解できるはずがない。
シスタがそう言った直後、突如岩の壁が消え、同時に地面を進行していた氷で出来た針に左手を貫通された。
「あぁっ!?」
一応、シスタのお陰で心臓に突き刺さるのは回避出来たが、それでも左手にかなりのダメージを負ってしまった。
マイロは手の甲に氷が貫通したまま、すぐにその場を飛び跳ねて離れた。
「っっっ、、、」
マイロが自分でその氷を取り除くと、すぐにシスタが[ヒールアレイ]という回復のアビリティを使った。
すると、左手の傷が一瞬で、元通りの状態に戻った。
「!!!」
すごい回復力だ、恐らくこの世にいる中でも、シスタのヒールアレイの効力は随一なのではないかと、マイロがそう思えてしまうほどだ。
その回復した左手に再び魔力を込め、ウイッチの元へ走った。
そしてある程度近づいた所でマイロは大きく飛び跳ね、ウイッチのいる高さまでたどり着いく。
そしてそのまま、暴神拳を発動した。
「ちっ、」
だがあと一歩のところで、ウイッチに更に上空に浮かび上がられてかわされた。
マイロは着地し、ある事を理解する。
「ダメだ、一度奴を地上に引き摺り出さないと、攻撃が当たらない…」
「さて、そろそろ〆始めちゃう?アビリティ、[パープルレーザー]」
ウイッチはそう言うと、上空から4本の紫色の極太レーザーを、マイロに向けて放ってきた。
マイロはこれを避ける事ができず直撃し、悶える。
「うああああああああ」
「マイロさん!!!」
だがすぐにシスタがヒールアレイを発動した。
マイロはレーザーの攻撃に苦しみながらも、その間常にヒールアレイを浴びているお陰で、傷を負ってもすぐにその傷が再生され、結果疲労から息を切らしながらも、この攻撃で何一つダメージを受ける事はなかった。
「はぁはぁはぁ」
だがこれで、ウイッチもまた、ある事を理解した。
(あの女、邪魔ね、あれがいる限りいくら男の方に攻撃しても埒が開かない、じゃあ、殺すか)
ウイッチはシスタを見てこう考えた。
そして、地面から無数の黒い棘を生み出すアビリティ、[トリックスパイク]を発動し、シスタへ襲わせた。
棘は止まる事なくどんどんシスタに近づいていき、突然軌道を変えシスタの顔面を刺そうと針が動いた。
グサッ、
その衝撃を、マイロが急いで走り、自らの腕で受け止めた。
マイロは針が両腕に突き刺さったが、シスタは傷一つつかなかった。
「マイロさん!!」
「危ねぇ、」
マイロに針を受け止めた瞬間針は消え、代わりに穴の空いたマイロの手から赤い血がポタポタと流れ出ていた。
「マイロさん、すぐに回復を」
シスタは三度、マイロにヒールアレイを使ってあげた。
そして、回復を終えた。
「う!?あああああああああああああああ」
その瞬間、突然マイロが苦しみ出した。
「!?マイロさん!?どうしました突然!!!」
「わからない…けど、突然体が……うぁぁぁぁぁ」
「アハハハハハハハハハハハハ」
その時、マイロとシスタを嘲笑う、甲高い声が聞こえてきた。
「マイロっていうのかしら?男の方がさっき喰らった棘にはね、毒が仕込まれていたの、けど唯の毒じゃない」
ウイッチは頬を浮かべ、満悦そうな顔と声でこう言った。
「あの毒はね、外部からの癒し効果のある魔力に反応するの、その魔力を毒が受けると、反応して毒が活性化し、効力を発揮する!つまり、お前が男の方を回復する度に、その男の毒が強くなっていくのよ!!!アハハハハハハハハハ」
ウイッチは[サイコキネシス]というアビリティを使い、マイロを後方まで吹き飛ばした。
「ぐあっ、、」
「マイロさん!!」
「さてと」
ウイッチは箒の持ち手をシスタへと向け、そこから見るからにとてつもない量の魔力を溜め始めた。
「ねぇ、どうやってもう1人いた男を殺したか気になる?あれはね、[ハイド・インスタント]っていうアビリティで、対象を即死させるアビリティなの、けどそんな簡単に即死なんて出来るわけないから、なんか条件があるみたいなんだよね、それが…アビリティの使用者が発動時に誰からもその様子を見られていないという事、そうすれば対象の体内に入って即死させる効果を持つ小いさな玉を投げられるんだけど、ただその玉マジでダルくて、弱い魔力を優先して狙う習性があるのよ、しかも一度使ったらしばらく使えないし、だからそれで死んだ男の後、たぶん次に弱そうだなと思った女の方を狙おうと思った、それが…このアビリティ」
箒に集まるように、どんどん魔力が充填されていく。
「このアビリティは、アンタの腕を一瞬で消し飛ばしたもの、首を狙えば即死でしょうね、回復なんて間に合うわけない、けど撃つのにクッソ時間かかるのよね、でもまぁ、男の方はあれだし、アンタの体もそれだし、関係ないか…」
まずい、このままではまずい、
このままシスタを死なせるわけにはいかない、マイロは力を振り絞った立ち上がり、それと同時にスキル、限界突破を発動した。
直後に瞬拳も発動し、マイロは一瞬でウイッチの目の前まで移動し、そのスピードでウイッチの顔面を殴りつけた。
だが寸前にエアズシールドでダメージを軽減された。
それでも妙なアビリティのリチャージを中止させ、更にウイッチ自信を大きく吹き飛ばす事ができた。
しかし、ウイッチは吹き飛ばされている間にも、マイロへ[タイフーン]を発動して遠くの木まで吹き飛ばした。
「ぐわっ、、、」
「マイロさん!!!」
ウイッチは踏み止まり、再びアビリティのチャージを開始する。
「くそ、早く…また、動かないと」
マイロがいくらそう叫んでも、その体は動かなかった。
さっき限界突破を発動し、加えてその直後に大きなダメージを受けた影響で体が痙攣を起こして立つことが出来なかったのだ。
「シスタさん…逃げて下さい!!!早く!!!」
マイロの必死な叫び声もきくことはなく、ウイッチのアビリティのチャージは止まらない。
シスタはなんとかしようとマイロにヒールアレイを使おうとしたが、それだと更にマイロの毒を強めてしまう事に気がつき、手を止めた。
どうすれば、一体どうすればいい。
アビリティの照準が向けられ続けるなかで、何度もシスタは思考する。
だけど結局、この方法しか、思い浮かぶ事はできなかった。
「ごめんなさい、マイロさん…後は頼みます」
それが、どれだけ無慈悲で、我儘な作戦かは、恐らく本人が一番理解していた。
だけど、国のため、勝利のため、何よりこれまで死んでいった仲間達のために…これしか方法がないと、シスタは悟り、決断した。
「本当にごめんなさい、マイロさん」
シスタはマイロの方をそっと振り向き、こう言った。
「きっと、生き延びて下さいね」
その時、マイロに視えたシスタの顔は、小さな涙と、太陽のような笑みが浮かんでいた。
「スキル、[伝書]!!!」
その瞬間、シスタの体が眩く輝き、その光がやがて小さなテピアを形作っていった。
「ま、待って下さい!シスタさん!!!今それを使ったらあなたは!!!」
しかし、シスタがスキルの発動を止める事はない。
「………わかりました、けど!こう伝えてください!!!」
「?なんですか?」
「10時間後に帰ってくると、そう」
「…わかりました」
シスタはその事を、更にスキルとして書き記す。
「何しても無駄だって、これで終わり…[テンペスト・レーザー]」
ウイッチの箒から、極細のレーザーが信じられない速度で射出された。
「!!!」
それと同時に、光が完全にテピアとなり、この作戦でシスタがみたものの全てを記録したテピアは、フレミング帝国へ向かって、追い風と共に羽ばたいた。
「よろしく…お願いします」
ガゴン
シスタの首が一瞬にして消し飛び、シスタは地面へと崩れた。
「アハハハハ、これで、後は残った男だけだね」
ウイッチは箒をマイロへと向ける。
「……お前は、絶対…」
マイロは静かに、凍ったような激しい顔でこう言った。
「絶対お前は、俺が倒す!!!!!」
現実は、どこまでも残酷だった。
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