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80話 見えない凪

「は?どういう事?」


イレーネが激しく反応する。

アレスのお陰で、ビックバン・ボムの爆発に巻き込まれた味方の戦士はおらず、誰一人死人を出さずに済んだ。


過度な超越光速を使い、限界を迎えたアレスも、フレミングの都市にある軍病院の病室のベットで1人眠っている。


医師によると命に別状はなく、数日眠れば目が覚めるだろうとの事だった。


「よかった…」


それを聞いて、エルナは自分の事のように息を吐き出しながらそっと胸に手を置いた。


「よかったわね」


アイラは心の中でそう呟くと、この病室から出ていった。


その時、偶然βがアイラの横を通り過ぎていった。


「あれ?βさん?」


βもアイラに気がつき、「アイラ…」と振り返った。


「どうして貴方がここに?病院来るほどの怪我じゃないんでしょ?」


「うん」


「じゃあなんで?」


βは少し考えてから、自分の胸を強く締め付けてこういった。


「なんか…ずっとここが変なの」


「変?」


「あの戦いで…アレスが来る前、テオと話してからずっと」


「もしかして、何かされたの?」


アイラは急ぎ気味にそう聞いたが、βは戸惑いながらも首を横に振った。


「多分違う、精神攻撃はされてないし、それなら自分で治せる。けど違うの、なんか…」


βは俯きながらこう続けた。


「なんか、それからあいつが頭から離れなくなって、その度に胸がイライラしてる…憎い、なんかこう、反射的にそう思うの」


その言葉を聞いて、アイラは少しだが驚いた、いや安心した。


正直、最初にβを見た時、彼女には心がまるで無いようにみえた。


そんなβも、一人の人間…男に心を揺さぶられる事もあるんだと、


彼女もしっかりとした人間なんだなと、そう思えた。


とはいえ、それでもβへの第一印象が完全に消えたわけじゃない。


まだ今一彼女の心の構造がわからない以上、碌なアドバイスはできないだろうから、ひとまずこう言ってあげた。


「とりあえず、一回お医者さんに診てもらったらどうです?その後の事は、またゆっくり考えましょう」


「いや、いい」


最適解を言ったつもりなのに、あっさりと切り捨てられてしまった。


「今アイラと話していてわかった、これは攻撃ではなく、ボクの個人的な敵意…だったらこの敵意のままに、次こそテオを倒すだけ」


βはそう言うと、ありがとうと礼をして帰っていった。


やっぱり…今一よくわからない。


「アイラさーん」


その時、突然走ってくる後ろから声が聞こえてきた。


振り返ってみると、小走りで軽く手を振りながらこちらへ向かってくる女の子がいた。


「貴方は…」


アイラは記憶を掘り起こしてこの娘が誰なのかを突き止める、なんか見た事ある気がするのだ。


ベージュ色のショートヘアーに、着こなされた薄緑色のカーディガン…なによりこちらを暖かく迎え入れてくれるような、柔らかいオレンジの瞳は…


「えっと…ソラナちゃん?」


「!そうです!知っていてくださったんですか!?」


「うん、まぁね」


そうだ、ソラナちゃんで間違いない。


この娘の事は、アレス君が散々話していたからよく覚えている。


けど、アレス君があそこまで嫌っていた割には、結構良い人そうだったけど、


「どうしたの?私に何か要?」


「いえ…要というほどではないのですが、ただお礼を言おうと思いまして」


「お礼?」


なんの事だろう、身に覚えがない。


「はい!その…ありがとうございます!


「え?どういう事?」


アイラは本気で困惑した。


「だってそうじゃないですか、あなたのお陰でさっきの戦い勝てたわけだし、何よりこれで多くの命が救われました!本当に、感謝しています!」


あー、なんでアレス君がこの娘を嫌ってるのかわかった気がする、


国に忠誠誓ってるタイプっぽいわね、それは確かに一番嫌いだろうな。


「そうかしら?流石に大袈裟だと思うけど」


「そんな事ありません!国王と軍事契約をして下さって、本当にありがとうございます…!凶暴化事件の際はあなたを疑ってしまい申し訳ありませんでした」


「もういいよその話は」


アイラが遠慮する中でソラナと話し続け、最後にはこの勢いままでさっさとどこかへ行ってしまった。



なぜだか少し疲れた気分になりながら、アイラは軍病院を出た。


少し目を広げてみると、賑やかなサインの街の風景が目に入った。


流石ペンタグラムと言えばいいのかな?前世と比べればまだ遅れて見えるけど、それでもナスカンよりは遥かに技術が発達している。


アイラは少し一呼吸置くために、病院の奥に見える河川を眺める事のできる柵にもたれかかり、何も考えずにボケ〜と前を見ていた。


「!あなたは…アイラ様?」


そんなアイラに、後ろから話しかけてきたのは、マイロだった。


「マイロ君」


マイロは手を振りながらアイラに近づいていく。


「どうされたんですか?こんな所で」


「アレス君のお見舞いよ、貴方こそどうしたの?」


「俺も同じです、ただ、エルナが出ていったタイミングを見計らいたくて」


あ〜、確かにあの子見るからにアレスLoveって感じだったもんね、


けどマイロ君ってそういう気遣いするタイプなんだ。


その後、2人は自然と、河川のすぐ近くにある椅子まで歩いて、そこに座って話した。


「前から言おうとしてたけど、別に私の事なんて様付けしなくてもいいのよ?普通にタメ口で話せば…」


(そもそも()()()()()()んだし)


「いえ、あなたは凶暴化事件から国を救っていただいた英雄です、もうしばらく、こう話させてください」


「そう?まぁ無理はしないでね」


2人は少しの間、何も話さない間を生ませた。


話す内容がないとかそういうのではない、どちらかというとマイロの方が、今から話したい事を喋るのを躊躇していたのだ。


「……あの」


「なに?」


「アレスを頼みます」


「どうしたの急に?っていうか私に頼む内容?それ」


「はい」


はいって言われても困るんだけど、


「アレス君にはエルナちゃんやミアちゃん、それに貴方もいるでしょ?今更私の席なんてないわよ」


「いえ…だからこそアイラさんが必要なんです、あいつは、俺たちには…心を開いてくれないから…」


「いやそんな事ないでしょ、少なくとも私よりは心を開いt…」


言い切る前にマイロが話した。


「あいつは、誰かに心を開くなんて事、ないんです。昔の事もあるんでしょうけど、それは例え俺や、エルナであっても…」


「…けど、それだとエルナちゃんは?」


「あいつも、わかってて好きになったんだと思います、あいつ自身一番わかってる、アレスが自分を好きになるなんて事ないんだ…って、」


「……」


なんだか、思ったよりも重たい雰囲気になってしまった。


けど言われてみると確かに、とは思う。


アレス君はあの過去のせいで、誰にも心を許せないんじゃないかと思えてきた。


「けどあなたは違う」


「?」


「アイラさん、あなた、アレスと組んで何か企んでるでしょ、いや、どちらかと言うとあなたがアレスに協力してるって感じでしょうか?」


「え!?いや〜なんの事かしらー、わからないわ〜〜〜」


やべー、もしかしてバレてる!?転生の話し、


「まぁそれが何かは具体的には知りませんし、詮索しようとも思ってません、ただ…」


とりあえずバレてはいないようだ、マイロは優しく微笑んで、こう言った。


「それはアレスにとって、俺たちにも言えない事なのでしょう?でもそれを、アレスはあなたにだけ話した。それだけ、あなたはアレスに信頼されてるって事です」


そう話すマイロの表情は、どこか澄み切っていて、一点の迷いもないようにみえた。


「アレスはずっと、過去に囚われている、いつまでもその牢獄から抜け出せないでいる、だけどアイラさん、あなたなら…いいえ、あなただけが、アレスを救ってあげられる。それは、俺やエルナじゃできない事…だから、アレスを頼みます、アイラさん」


マイロは力強く立ち上がり、アイラに頭を下げた。


「………///」


「そこまで言われたら…どうにかしてあげなくもないけど…」


アイラも勢いよく立ち上がり、曇りのない顔でマイロをみた。


「顔上げて、頭なんて下げなくても、私は最初からそのつもりよ!大丈夫、アレス君は任せて頂戴、絶対悪いようにはしないから」


ゆっくりと顔を上げたマイロの瞳には、右月光(うげっこう)のように光る彼女の姿が映った。


女神様、救世主、どう言葉で表現したらいいのかわからなかったが、マイロにはそれ以上にアイラが輝いてみえた。


「ありがとう…ございます」


「いいの♪いいの♪」


軍病院のすぐ近くにある小さな河川敷の椅子に、包まれるような暖かい笑顔がこぼれ落ちていた。

この世界には太陽などはありませんが、代わりに所謂月が2つあるのです。

世界を昼にする輝きを放つのが右月光、世界を夜にする力があるのが、左月光の光となります。


それはそれとして、評価・ブクマ、よろしくお願いします!

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