75話 雁字搦めの封印
「あっそ、で、マジでフェニックスの方はどうするのよ?」イレーネは言う。
どうにか地面に踏み止まり、再び銃を構えたが、それ以上に封印の持続時間が切れた事が問題だ。
インターバルが終わるまで2分間、中年の攻撃を耐え切らないといけない。
けど本当の問題はそこじゃない、まずいのは封印しようとしても失敗した今の現状…
エルナはさっき中年の動きを予測し、鎖で挟み撃ちにする事で中年の体に絡ませて封印しようとしたけど、それじゃ駄目だった。
考え得る限りあれが一番有効な手段のはずだった、けど失敗した。
今まで何度もあった事だ、相手をどうにか封印しようと策を凝らして、その度に失敗し続けた。
これまではアレス達が助けてくれたけど、今は違う、そんな甘えは通用しない。
私だけでどうにかしないと、下手をするとここで死ぬ、今度こそ絶対に封印を成功させないと。
焦燥感が私をどんどん蝕んでいくのを感じた。
「なんだー?もう鎖は使ってこんのか?ならば俺は更に行くぞー!!!」
中年は高速移動でエルナの背後に回り込み、膝を背中にぶつけてエルナを大きく吹っ飛ばした。
更に鳩尾を殴るという追い討ちも喰らわせられた。
しばらく攻撃手段はピストルだけ…けどピストルじゃ中年の動きを捉える事はできない。
ならば攻撃をされる直前に至近距離で撃ってしまえばいいと、中年が殴りかかってくる位置と瞬間を全力で察知しようとした。
けど、それは叶わず右頬を殴られ、エルナは地面に殴りつけられた。
「はぁはぁ」
息を荒げながらもどうにか起き上がり、前方を確認した。
すると、丁度中年がスキルを解除し、エルナの目線から正面の位置で静止した。
どうやら瞬間移動も長時間持続させる事は出来ないらしい、まぁ、だからといって今の状況をどうにか出来るわけではないが…
「ゲホゲホ」
駄目だ、段々と意識が遠のいていく…連続して鳩尾に攻撃を受けたダメージが蓄積しているんでしょう。
このまま薄れていく意識に従っていればすぐにでも気を失いそうだったから、エルナは目を強く見開いてどうにか意識を保っていた。
でもこのままじゃ駄目だ、今のままじゃあいつを封印する事はできない。
どうしたらいいの?どうすれば封印を成功させられるの?
この一瞬で、何度も何度もそう問いかけたが、それでも分からなかった。
封印の命中率の低さは今に始まった事じゃない、封印に持ち込むまでの条件が難し過ぎて、いつも失敗していた…
その度にアレス達が助けてくれていた、いつまでもそんなんじゃ駄目だってわかっていたのに、結局何もしなかったツケが回ってきたって所か…
いや、今はそんな事考えてる場合じゃない、過去を嘆いてる暇があるなら今の嘆きをどうにかしないと…
でも本当にどうしたらいいの?あの鎖で封印する為には2本以上の鎖で相手を完全に巻きつける必要がある。
けど動きが早すぎてまずそんな隙がない。
ケンタウロスの時はアレスが上手く誘導してくれたけど、こんな真っさらな平地で、しかも人間相手にあれと似たような事ができるわけがない。
何かないの?動いてる相手を確実に封印する方法は、
「…なんだ?来ないのか?ならば、この隙に、耐力を回復させてもらうぞ」
エルナが必死に考えている間続いた沈黙の中で中年はそう言うと、端末から魔力を含んだ注射器を取り出し、それを右腕にさして魔力を注入した。
「ふぅ〜、魔力が少し戻ったぞー、さて、戦いを続けようではないか!」
まずい、これで中年の力が戻った。
…今2分のインターバルが終わった、けど良い作戦が全く何も思いつけていない。
魔力が戻ったという事はこれから畳み掛けるように高速移動を使ってくる可能性がある、いや、もしかしたらそれ以上のものが…
「………………」
駄目、負ける。勝てるビジョンが思いつかない。
戦場での敗北は即ち死、私…ここで死ぬの?
「アビリティ、[エネルギーブースト]!!!」
中年がそう叫んだ瞬間、奴の魔力が一気に増大していった。
「ガハハハ、このアビリティを発動する事で俺は闘いにおいて最も重要な要素である、攻撃力、耐久力、スピード、動体視力、集中力の全てが一時的に強化される!圧倒的力を前に貴様は耐えられるか!!!」
中年はそう叫んだ瞬間、かつてない速度で私の周囲を移動し始めた。
さっきのアビリティでスピードを強化した上に高速移動、もうほとんど目で追う事ができない…
こんな速度で攻撃されたら、一撃でも致命傷は避けられない、連続して喰らえば死…
流石に…こんな所で死ぬのは、嫌。
助けて…アレス、教えて?私…どうしたらいいの?
無意識にアレスを見たエルナの瞳に映ったのは、ダークボールを擦りつけるようにして攻撃するアレスの姿だった。
「……………!!!!!」
一見無意味に思える、最期に想い人の姿を見る、虚しいだけの行為…
けどそれが、エルナがずっと欲しかった答えを教えてくれた。
そう、そうよ、そうなのよ。
ただ我武者羅に封印を求める意味なんて無い、たったそれだけの事だった。
「スキル……封印!!!!!」
エルナはそう叫ぶと魔法陣と共に4本の鎖を生み出した。
それを見ると中年は「使ってきたか!!いいぞ!受けて立ってやる!!!」と高速移動をしながら言ってきた。
だがそれに対し、エルナはこう言い放つ。
「勝負…そうね、さっきのとは違うけどね」
エルナは鎖で中年を追おうとはせず、自分の周りに鎖を張り巡らせた。
その結果、中年が攻撃してくる瞬間、鎖を僅かに中年の腕に触れさせる事に成功した。
だが、当然これだけでは中年を封印する事はできない、だが、
「っ、ぐあああああああああああ」
何故か中年はそれに過剰なほど痛がり、一度エルナから距離を取り始めた。
「なんだ!?今何をしたんだ!?」
「この鎖には、封印効果がある、けどそれには封印したい相手を完全に巻き付けないといけない…要は相手の身体に長時間鎖が密着すれば封印できるという事。でもそれは、逆に言えばこの鎖に僅かでも触れた時点でその瞬間封印自体は開始するという事でもある」
エルナはこう説明したが、中年には「なんだ!?どういう意味だ!?」とあまり理解できていないようだった。
「封印というのは、仕組みとしては鎖から特殊な魔力を発し、それを相手の身体全体に染み込ませて石化させるもの。でも身体を石化させるような魔力を流されて、人間の体がなんの拒否反応も起こさないと思う?それが例え一瞬だとしても」
「………!?まさかっっっ」
「そう、今さっき貴方が感じた激痛は、封印魔力を流された事による人体の拒否反応、身体の反応だからいくら防御力を上げた所で意味ないし、そのダメージがマジになって行く事もない」
この説明で、ようやく中年は理解できた、今目の前の相手が、目の前の相手が、この一瞬でとてつもなく強くなったという事を、
「….そうか、ならば面白い!その封印、俺が打ち勝って見せよう!」
と言って高速移動を発動し、どうにか鎖を掻い潜ってエルナを攻撃出来ないかと模索を続けた。
だが失敗し、それどころか長い鎖のリーチのせいで何発か鎖に触れられてしまった。
「っ、くそっ、」
だがここで、中年はある事に気がつく。
鎖を張り巡らせているエルナの、左頬から斜め40度の角度の空中…
この位置には鎖が全く張り巡んでおらず、完全な死角となっていたのだ。
「!ここだ!!!」
中年はそれを発見した瞬間迷わず再度高速移動を発動させ、斜め40度の角度から左頬へ拳を向かわせた。
「そう…来るしかないわよね」
だがそれは、エルナの作戦の内であった。
エルナは向かってくる中年へ銃の照準を合わせる。
そう、鎖の恐ろしさを分からせた上で、敢えて意図的に死角を作れば、大抵の奴はそこを狙って攻撃してくる。
言い換えれば何処から攻撃してくるのか丸わかり、今なら確実に撃ち抜ける。
「いける、これで終わらせる」
だがこの時、中年もその事に気がついていた、自分は嵌められてしまっていると。
「だが関係はない!面白い!受けて立ってやろう!!俺は必ず貴様に勝つーーーーー!!!!!」
「終わらせる…アビリティ、[ウルトラピストル]」
とてつもない量の魔力を一つの銃弾に凝縮させて放つその技で、中年の脳天を一撃で射抜いた。
…エルナの方が、僅かに早かった。
頭を撃ち抜かれた中年はこの場で死亡し、地面に鈍い音を立てて倒れた。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ」
エルナは一度大きく深呼吸をした後、気力を使い果たしたようにこう呟いた。
「はあああ、どうにかなった」
そしてすぐに、アレスの方へ首を傾けた。
本当はそんか事する暇があるなら、すぐに他の兵士を倒しに行かないといけないんだけど、でも…
仕方ないわよね?
ありがとう、アレス。私、また貴方に助けられた。
やっぱり私、貴方がいないと駄目みたい…
「エレック平原戦線の各部隊へ通達、たった今カタストロフィの準備を完了した、端末が赤く反応している位置にいる兵士達は、至急その場から対比してください」
その時突然、連絡用の無線から今の指示が流れてきた。
「やっと来た」
ようやく本命の一つが来るってわけね。
エルナは端末から自分の位置を確認すると、中心から細い線が赤く波打つ反応をしていた。
「やば、ここカタストロフィの範囲内じゃん、すぐに離れないと」
エルナは慌ててこの場から少し離れた所まで走っていった。
それだけでなく、この近くにいたサイン・ナスカンの戦士全員が、この場から少し離れた位置まで逃げるように走っていった。
「発射まで10、9、8、7、」
この様子を見ていたグリス・フレミング軍には、何が起こっているのか分からず、全員がただ唖然としていた。
「6、5、4、」
その時、βの無線に、サイン軍とナスカンの戦士、全員が射程圏界から避難完了したという報告が聞こえた。
これで問題なく発射に移せる。
「3、2、1、0、…………カタストロフィ」
アビリティが発動された。
robotの口元の砲身から極太のレーザー砲が発射され、その範囲内にいた敵兵達が波いるように次々死滅していった。
そのままレーザー砲は射程内を進んでいき、しばらくした所で凄まじい衝突音と地響きを上げて突然消えた。
奥には、薄白い煙だけが見えている。
「なんだ…なにがあった…?」
「確認します」
βは頭から巨大なスコープを出現させ、それで奥の様子を覗いた。
「!」
だが、その時にある影が見えた事により、βは命令を待たずに煙の方へと飛び上がっていった。
「あ!おい!」
兵士の静止が届く距離にもうβはおらず、薄白い煙の前まで飛び上がり、その巨体のまま着地した。
地面にこれまた大きな地響きで震えている。
だがβにはそんな事どうでもよかった、さっき見えた影を始末する為ならば…
徐々に煙も晴れ、ようやく影の正体が見えてきた。
「……やはりお前か、さっき大量に、我が国の部隊の奴らを死なせたやつは」
聞こえて来たのは、音声ファイルにも記録されている、警戒すべき声。
影の正体は、フレミング帝国最強の戦士、テオだった。
テオとサイン共和国の切り札、βが戦場で対面した。
両者は互いに魔力を潜ませながら、鋭く睨み合う。
次回…遂に、テオvsβです!!!
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