72話 比法戦争開戦
どうしたの?随分とソンの肩を持つようだけど…」イレーネがアマリウドに言った。
フレミングが本格参戦した事により、始まってしまった比法戦争。
これを受け、フレミングとの軍事契約国であるナスカンも、強制的にこの戦いに加わる事になった。
明日、アレス等の主要な戦士は、全員フレミング帝国へ移動する事が決まった。
それには当然、プライムと個人契約を結んだアイラも含まれている。
出兵を目前に控えたアレスは、曇り空の中を1人見上げ、何も言わずに立ち尽くしていた。
「どうしたの?こんな所で突っ立って」
それを見かけたアイラが話しかけてきた。
「…別に、けど、思ってた通りの事になったなって」
今のアレスの発言には、僅かな躊躇いが感じられた。
それを聞いたアイラは、驚いたような顔をしてアレスに尋ねた。
「あら意外、貴方、他所の国の戦争なんて興味ないと思ってた…寧ろ、この世から消える機会が巡ってきたと考えるものかと思ったけど」
「…前まではそう考えてたかもな、けど今は違う、生きる目的が出来たから」
「目的?」
「あぁ、絶対に異世界に転生する、その方法が分かるまで、俺は死なない」
そう言ったアレスの表情は、アイラにはただ前だけを向いているように、どこか澄み切っているように感じた。
「…そう」
「あんたも、協力してくれるんだろ?」
「えぇ勿論!一度はっきりそう言ったからね、最後まで付き合うつもりよ」
「そう…か、ありがとう」
そして、遂にその日が来た。
アレス達は移送用の列車に乗り込み、フレミング帝国に向かっている。
夜の帷が下りる野原の上を、激しい音を立てながら線路の上を進んでいる。
あと1日もすればフレミングに着く。
だがこの間の戦士達の心境は、面白いほど様々であった。
戦闘に備えて眠っておいている人、奇襲を警戒して常にそわそわしている人、戦争を楽観的に考えている人、いつもの仕事と同じと割り切って、何も考えていない人…
そんな中でアレスは1人、フレミング政府から配布された、ある映像が記録された端末を、無気力に眺めている。
このタイプの端末は、起動する事で武器ではなく予め録画された映像を閲覧する事ができる。
フレミングに着くまでに1回以上確認せよとの命令を受けていた。
そして、その端末を起動した。
すると、恐らくフレミング軍の元帥であろう人物がいきなり喋り出した。
「ナスカン王国の戦士の者ども、先ずは我が国の戦争に参加してくれた事、感謝する」
そう言って、一度浅く頭を下げた
「では先ず、これを見てほしい」
そう言うと、画面が見た事ないような軍服をきた兵士の画像に切り替わった。
「これは、現在最も厄介だと予想されるフレミング帝国の新たな兵器である、画像を観てもらえれば分かるかもしれないが、この軍服は驚異的な硬度を持っていて、通常の攻撃はほとんど効果がない、それは属性攻撃も同じだ。事実、ロムレス共和国の戦士、スミスがこれと交戦した際も、気絶させる事は出来たが殺害は出来なかった」
元帥はアレスに告げるように言った。
とはいえ、スミスで駄目だったのか…
スミスはロムレスの戦士の中でも最強の戦士だ、それでも仕留めきれないのなら、もしあのままサインが参戦しなかったら一般兵だけで負けていた可能性があるという事、
フレミングの脅威といえばテオだと考えていたが、それだけではなさそうだ。
「そしてもう一つ、ナスカンの者達には知ってもらいたい、我々の切り札を」
元帥はそう言って、アレスに一つの動画を見せた。
そしてその動画に、アレスはお手本のように目を奪われた。
どう見たってどこにでもいる、何でもない少女が、全身が鉄で出来た巨人に変身する動画に…
「彼女の名はβ、我々サインは彼女の能力を主力として、グリス、並びにフレミングを撃退する」
元帥の説明を背景に、ドローンで撮影したであろう、βとやらが実際に戦闘している場面を見させられた。
この動画では、さっきの軍服を着たフレミングの兵士が何度銃撃してもβには通用せず、代わりに巨人の右腕が変化したガトリングによって、全員が軍服の硬度を貫通して負傷している様子が映っていた。
だが、本当にこの服が頑丈なのか、何人かは攻撃に耐え、すぐに反撃に出た。
だが、やはりその攻撃は全てβには通用せず、今度は左手から細長い巨大なカプセルを取り出して、それを地面に叩きつけた。
当然カプセルは粉々に割れ、中の成分が気体となって辺りに充満した。
その気体に毒があるのか、マスクを貫通してそれを吸ったフレミング軍達は苦しそうに地面に悶え出し、15秒もしない内に全員が倒れた…
全員が倒れた事を確認すると、βは背中から小さな翼のようなものを出現させ、そこからジェット噴射して空中に飛び上がり、どこかへ退避していった。
……だが、アレスは見逃さなかった。
確かにガトリングに撃たれた人は全員死んだし、カプセルを吸った奴も死んだようだ…1人を除いて
そう、カプセルの毒を受けた兵士の中で1人だけ、僅かに息をしている人がいた、恐らく、この動画を編集したサイン軍も気づがなかったのだろう。
とはいえ、これは恐らく偶然だ、わざとやる理由も分からない、
本当に偶々生き残った珍しい例なのだろうが、それでもこういった事が起こり得るという事は、この少女も完全無欠ではないという事…
ならこっちが負ける可能性もゼロではないって事か、ちょっと気ぃ引き締めないとな。
止まる事なく進む線路の先に、ほのかな明かりが見えてきた、サイン共和国の首都の都市の明かりだ。
明日、いよいよ俺たちは戦争をする、戦争…か
戦士になって3年、モンスターなら数え切れないほど殺してきたが、人の命を奪いにいくのは初めてだな…
けど、どんな状況だとしても、俺のする事は変わらない。
「死なない、ただそれだけだ」
次回より、本格的に比法戦争が始まります!
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